第13夜

結局その日仁科は朝早くに帰っていった。これでいつもの朝が戻ってきたのだが、独りで過ごす朝が寂しく感じるのは、やはり少年がいないからなのだろう。真鍋は思い出し、ふっとため息をついた。
他愛のないやり取りなら昼休みにメールでする。何かあれば連絡するだろうが、心配であるのには変わらない。こんなに自分は心配性だったか・・・疑問に思う真鍋。


「おーい、真鍋、今日こそは飲みに行くぞ」

仕事帰りに同僚の高梨に誘われる。高梨とは高校からの腐れ縁である。
よく高校の友達は一生ものになると言われるが、それを地で行っているような二人だ。
酒を交わすこともしばしばあるのだが、ここ最近はお互いの予定から、中々一緒に飲めないでいた。


「そうだな・・・ここ最近一緒に飲んでないし」

「だろ?最近お前、人付き合いが悪い。いつもは暇だからって付き合ってくれたのに。さては・・・カノジョでも出来たか?」

「彼女じゃないから」

嘘偽りは全くないため、即答する真鍋。だが、高梨がそれで引き下がるような男ではないことは、長い経験からよく分かっている。

「なるほど、それなら彼氏か」

「なおさら違う」

ここは普通に否定しておく。後ろめたいことは何にもないのだが、過剰反応はしないほうがいい。それでは彼の思う壺だ。

「そりゃそうだ。お前なら女にもてないから男に走る・・・ということはないからなぁ。
だけど・・・妙に怪しいんだよな。ここ最近帰りもスピーディーだし。吐け、ここ最近、何があったんだ・・・」


「何って、酔っ払いの少年を拾っただけだ」

別に黙っている必要もなかったため、白状する。

「なるほど・・・それを食ったわけだ」

「それをどう思うのはお前の勝手だが・・・酔いつぶれてそこいら中に撒き散らしたやつを見て、食欲が湧くと思うか?」

ネタにして楽しもうとした高梨の笑いが、引きつったものとなった。その現場を想像したのだろう。

「わ、悪かった。確かに食べたいとは思わないな」

いくら同性愛者でも、そんな場面に遭遇した相手を見て性欲が発生するとは思えない。

「だろう?後は・・・悩みがあるようだから、聞いてやっただけだ。残念ながら高梨の喜びそうな話はないぞ」

「仰るとおりで。しかし・・・真鍋ってそんなに人よかったっけ。俺が酔いつぶれたら、間違いなく捨ててくだろ?」

「勿論だ。それとも、拾われて一晩中看病されたいか?」

残念ながら真鍋にそのような趣味はない。もともと真鍋も高梨も酒には強いが、見慣れた顔を一晩見たって楽しくはない。

「俺、されたいけど。それで、思いっきり真鍋に甘えたい」

「お前、そんなキャラじゃないだろう」

真鍋に甘える高梨を想像し、ぞっとする。高梨もどちらかと言うと甘えさせるタイプで、全く似合っていない。

「だから、願望なんだよ。お前がお人よしじゃないせいで俺が結構頼られるから、たまには甘えてみたくもなるんだよ」

本人は軽い冗談で言っているが、本当にそう思っていたら、それは贅沢な悩みかもしれない。
仁科に会わせてみたらどうなるか・・・案外気も合うかもしれないが、それはそれで気に食わない。


「でも、お前は俺を拾ったりはしないからなぁ・・・ってことは、そいつ相当な美少年?」

「まぁ、いい線は行ってるぞ」

美少年だから拾ったというわけではないのだが、否定する理由はない。

「うらやましい。俺も甲斐甲斐しくされたい」

「冗談はここまで。飲みたくないなら続けても構わないが・・・」

慌てて高梨は飲むと騒いだ。





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久々の酒・・・と言っても、数年ぶりの再開ではない。数日間一緒に飲まなかっただけ。
積もる話などあるはずがないから、何か特別なことがあるかといえば、そうでもない。ただ飲んで食って、上司の悪口を言って・・・それだけだ。
ただ違うことがあるとすれば、高梨が泊まりたいと言ったことだけだ。何でこいつと・・・と断りたいのは山々だったが、女はいないんだろう?と言われ、泊めざるを得なかった。




「妙な気起こすなよ」



と、高梨に言われ、むっとしながら真鍋は返す。

「起こされたくなければ帰ればいい」

「悪かった。冗談だって」

慌てて謝る高梨・・・このやり取りはあまりいつもと変わらない。

「しかし・・・本当にお前も物好きだよな。普通野郎の部屋に泊まりたいとは思わないぞ?」

「それには俺も同意する。だけど、まぁ・・・お前の部屋は気になるんだよな・・・って、本当に俺は泊まっていいものなのか?」

自分から泊まらせろと言っておいてナニを言うか・・・そう言い掛けたが、無遠慮な高梨が戸惑う原因に気づく。



(タイミング・・・最悪だな)



部屋の前にうずくまる少年がいた。
誰かと問いただす必要もなかった。
真鍋の部屋に来る少年と言えば、仁科以外にはありえない。
来るなら来ると・・・慌てて携帯を見る。
マナーモードを解除していなかったため気づかなかったが、着歴は一つの番号で埋め尽くされていた。




(なんて馬鹿な男だ、俺は!)



確かに仁科は時々メールは送る。だが、電話はしない。しかも、人間的にここまで連発することなどありえない。
彼は礼儀をわきまえているから、むやみやたらにかけない。かけるときは前もってその旨を伝える男だ。それがこうなるとは・・・彼に何かがあったからに他ならない。




「真鍋さん、遅かった・・・ね・・・」






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