第14夜

ゆっくりと顔を上げた仁科には生気は宿っていなかった。
自分と高梨がくだらないことで酒を飲んでいた間、いつ帰るか分からない部屋の主を独りでずっと待っていたのだろうか・・・痛む胸を押さえる真鍋。




「何だ・・・恋人、いるじゃないか。ごめん、俺、考えなしだった」



真鍋の隣の高梨を見て、今にも消え入りそうな声を出す。

「邪魔するわけ・・・いかないよな。すみません。俺、帰ります。ちょっと真鍋さんに会いたかっただけだから」

慌てて立ち上がり、帰ろうとする仁科。その表情はどう考えても『ちょっと会いたかった』ようなものではない。
今帰したら何をしでかすかわからない。真鍋も止めようとしたが・・・それに割って入ったのは高梨だった。


「なーんかムカつくな・・・」

「高梨?」

「そこのくそガキ。何悲劇のヒロインぶってるの?」

自分も似たようなことを言った・・・漠然と真鍋は思い出す。結局似たもの同士ということか・・・だがここはボケているところではない。

「高梨、言いすぎだろう」

「は、何処が?手前で勝手に待ってたくせに、人が来たら何か?帰ります?自分はかわいそうな男ですってか?馬鹿も休み休み言うんだな。
真鍋がこんなやつ気にかける理由が解らん。一番嫌うタイプじゃないか」


言いたいことを言って満足したのか、高梨が一息つく。彼は結構ズバッと言う性格だが、こういうところでは出してほしくない。
もう少し黙っておいてくれれば・・・と思ったものの、彼の口を止めるのは不可能に近い。


「そーだよ。それは俺が一番知ってる。あなたみたいな素敵な恋人がいるのに、俺なんか気にかけてもらう価値なんかないし」

またもや自嘲する仁科。だが、想像に反し高梨は怒らなかった。

「一目見て俺の価値がわかるとは、通だな」

そのような通であっても嬉しくないような気はするが、指摘すると延々と解説しそうなのであえて口には出さないでおく。

「そういえば真鍋よ。あまり重要でないと思ったから流してたのだが、俺たち恋人同士に思われてたのか?」

「・・・そのようだな」

あまりにも不本意な誤解に不機嫌さを隠さない真鍋。何が悲しくて高梨と恋人同士にならなければならないのだろうか。
いくら仁科がその手の人間とは言え、男二人でいるだけでカップル扱いされても困る。


「少年よ、俺たち、そんなにお似合いか?」

「は、はい?」

ころっと変わった高梨の口調に戸惑っている。

「恋人同士に見えるのか?」

「・・・違うんですか?」

「いや、そう見えるのならそれでいいのだよ」

「よくないわっ」

暫く黙って二人のやり取りを眺めていたが、さすがにそれ以上は放っておくことはできなかった。イライラしながら真鍋は突っ込みを入れる。

「高梨・・・悪ノリもいい加減にしろ。仁科も変な誤解するな。俺と高梨はダチなだけで、変な関係は全くない」

「え・・・恋人同士じゃ・・・」

きょとんとする仁科。目をまん丸にして、可愛いと言えばかわいい。そんな彼を見て高梨は爆笑する。

「ははは、残念。俺はただこいつの部屋に泊まりにきただけの、清らかな関係です」

『男の部屋に泊まりくるのが清らかなのか』という疑問があるとはいえ、あっさりと高梨は否定してくれたが、まだ仁科には納得できない部分もあったようだ。



「・・・結局俺、邪魔者じゃん」



「そこなんだよね。何でそうやって無理やり理解しようとするかな。君はさぁ、ずっとそこで待ってたんだろ?」

「それは、俺の勝手だし・・・」

「そう。待っていたのは君の勝手だ。別に俺らには君の都合など関係ない。
だけどな、そこまでしてこいつを待ったということは、真鍋に話を聞いてほしいということなんだろ?
だったら、俺なんか押しのけて聞いてもらえばいいじゃないか」


「そーだ。こいつのことなんか気にする必要はない」

高梨に乗じる真鍋。だが、高梨はそれはそれで不満なようだ。



「・・・冷たいぞ、真鍋。昔から言い続けてきたんだが・・・お前にはやさしさというものはないのかね?」



「何でお前にやさしくしなければならないんだ」



即答で返す。だが、それに対しては高梨は不満は持っていなかったようだ。

「そうだな。お前って昔からそういう奴だな。自分に厳しいかは知らないけど、あんまり他人に対し優しくないの。
でも・・・お前さん、優しくされてるじゃないか。珍しいぞ、こんなの。どうせなら・・・本音のまま、甘えたらどうだ?」


「でも・・・」

「あぁ、俺がいると出来ないよな。なら、俺は帰るか。真鍋、タクシー代、よこせ」

人から金を巻き上げる気か・・・そう思いかけたが、それは高梨なりの気遣いであることに気づく。苦笑しながら財布から一枚取り出し、手渡してやる。

「サンキュー。あ、一応真鍋には言っとくか。ひょっとして俺がお前のこと・・・と少しでも思ってるだろう」

「う・・・」

残念ながら真鍋は即否定することが出来なかった。
妙に懐きたがる・・・心当たりが全くないわけではない。今までなら一笑に付すべき質問だったのかもしれない。だが、仁科と関わるようになって、それが出来なくなってしまった。
自意識過剰だと思う部分はあるにはあるのだが。


「残念ながら、お前のことは大好きであるんだが、そこの少年を帰してまで・・・とは思わないんだよな。
と、いうことで、本当の邪魔者である俺は退散しますよ。じゃ、あとはよろしく・・・」


茶目っ気たっぷりに笑ってから去っていく高梨。そこには真鍋と仁科の二人が残される。
何ともいえぬ気まずい空気が漂った。
仁科に対し、どんな言葉をかけてやればいいかが思いつかなかった。






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