第15夜

そこに何十分立っていたのだろうか。
とにかく時間の流れが分からなかった。それはごくわずかな時間だったのだろうが、数時間にも感じられる。
自分が声をかけるべきだとは分かっているが、そんなときに限っていい言葉が思い浮かばない。


「俺ね・・・振られたんだ・・・」

結局沈黙を破ったのは仁科だった。

「そうか・・・」

ここまで思いつめた顔をしているのだから、それ以外には思いつかなかった。だからこそ、気の利いた言葉をかけてやれなかった。今どんな言葉をかけても、仁科の傷が癒せるとは思えなかった。

「俺のこと、気持ち悪いんだって」

「そんなこと・・・」

ないとは言えなかった。真鍋がそう思うのは、結局のところ、彼と仁科が赤の他人だからだ。だから嫌悪を感じない。
だが、実際に行為を受けたほうはどうなのか?同性に性の対象にされ、何も思うなというほうが酷だろう。
とは言え、それを言うことも出来なかった。少年の傷口を広げる必要はない。


「分かってるよ。所詮はホモだもん。真鍋さんのように理解してくれる人のほうが少ないよ・・・」

それは軽く否定しておいた。真鍋はそこまで物分りのよい人間ではない。
ホモを気持ち悪いと思わないのは、彼が社会人だからだ。性癖がどうのこうのより大切なことを知っているから、仁科のことをどうも思わない・・・それが根底にあるだろう。


「分かってはいるんだけど・・・やっぱり辛いものは辛い。俺の今まではなんだったんだろう?
ずっと友達だと思っていた。それなのに、たった一言でこんなことになるなんて・・・告らなければよかったのかな?ずっと黙っていればよかったのかな?
もう俺にはどうしたらいいのか分からなかった。そしたら、急に真鍋さんの顔が浮かんだんだ。これ以上甘えちゃいけないことくらい、分かってた。
でも・・・気づいたらここに来てた。真鍋さんしか頼る人がいなかった・・・」


気がつけば仁科を抱きしめていた。こうするのは何度目かと思ったが、そんなことは今はどうでもよかった。
自分しか頼る人がいないという仁科を見るのが辛かった。
友達などたくさんいるだろうに、大親友に振られてしまい、誰にも相談できない。それで、年の離れた男のところに向かう。
自分だけが頼られている・・・真鍋はそれを喜ぶことは出来なかった。


「・・・無理するな。無理は身体に悪いぞ。どうせ佑君の前でも笑ってたんだろ?」

くわしく聞かなくても、そのくらいの想像はできる。仁科はそういう少年なのだ。自分ひとりで傷を抱え込もうとする。

「そうでもしてないと、やってられないよ!」

「なんだか高梨がイライラする気持ちが分かるな。お前は自分を抑えすぎなんだ。もう少し自分のやりたいようにしたらどうだ・・・って、したからこうなったのか。
別に怒ったっていいだろう。ずっとお前は我慢してきたんだ。だから報われなければいけない・・・とまでは行かないけどな。それでも・・・」


もう少し仁科がここまで追い詰められないですむ方法もあったのではないか。このままでは仁科独りだけが辛い想いをするだけではないか。

「いいよ。あいつを好きになったのは俺の勝手。告白したのも俺の勝手だから。自業自得ってやつだよ」

高梨だったら、絶対殴ってる・・・彼を帰した自分の選択が間違えていないことを確信した。
自分の勝手なら、どうしてここに来たのだろうか?独りで心を凍てつかせ、何故待ち続けていたのだろうか?
それは、我慢したいからではない。救われたいと願うからではなかろうか。


「そう思うのなら、何で俺のところに来たんだ。独りでひざ抱えて丸くなっていればいい。
だが・・・本当は違うんだろ?誰かに解ってほしかったんだろうが。
お前は自分に嘘ついてるだけだ。そう思っていれば、自分の傷をごまかすことができるから。
でも・・・せめて俺の前ではそんな強がりをしないでくれ。心配で仕方ないんだよ」


「真鍋さんの言うとおりだよ・・・。俺あなたみたいに強い人間じゃない。だから、傷つくのだって怖い。
今、強がっとかないと、俺自身がばらばらになってしまいそうで怖いんだ・・・」


「そうか・・・」

真鍋は沈黙した。そうせざるを得なかった。仁科の悲鳴が直に伝わってきたから。
守ってやりたいと思う一方で、これだけ大きな傷を抱え込めるのかどうかという不安もある。
今までここまで深く人と接してこなかった真鍋の変化に戸惑いが生まれていることも事実だ。今までのツケが回ってきた・・・苦笑すら出来なかった。






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