第16夜

仁科の心に深く刻まれた傷を真鍋は目の当たりにした。それは付け焼刃の言葉では決して癒されることはないだろうことを確信する。最善の策はなんなのか・・・それをここで考えてもすぐ答えは見つからない。




「その・・・別に真鍋さんを信頼していないわけじゃないんだけど・・・」



「わかった。無理強いはしないよ」

その傷をどうにかしてやりたいという気持ちはあるが、仁科自身心の整理が出来る状況には思えない。強引に前に進ませることに関してはどうしても躊躇ってしまう。
だから仁科の言葉をさえぎることにした。これ以上言わせる必要はない。


「まぁ・・・今すぐは変えられないだろうし、そんなお前もお前なんだからな。だけど、お願いだから今日だけは無理しないでくれ。
じゃないと・・・同僚に恨まれてもお前を選んだ俺の立場がないんだよ・・・」


次の日高梨に絞られるだろうことを想像してため息をつく。
せっかく乗り気になったところにこのハプニングだ。彼がおとなしく引き下がるとは思わない。
同じつつかれるのなら中途半端にしておくよりも、悔いのないようにしておいたほうがいい。


「その人と・・・仲いいんですね」

少年が拗ねているような気がするのは、気のせいだろうか?高梨のことを恋人扱いをするなど・・・意識自体はしているようだ。
そのような誤解をされても嬉しくないので、何度目かの否定をしておくことにする。


「あいつとは高校からの付き合いなだけだ。たまたまここまで腐れ縁が続いただけで、お前の思っているような関係ではないぞ?」

もしここに高梨がいれば、絶対拗ねるだろうな・・・自分の物言いに苦笑する真鍋。
なぜか高梨は人に懐きたがる。害はそんなになかったので真鍋もずっと黙認してきたのだが、今回はどうしても否定しておきたかった。




(どうしてって・・・どうして?)



ここまで真剣に高梨との関係を否定する必要があるのだろうか?
仁科も冷静になれば自分たちの関係がいかがわしいことでないくらい分かるはずだ。
だが、どうしても勘違いされたくなかった。別に高梨が嫌いなわけではない。うっとうしいと思うことはしばしばあるが、そばにいて悪いやつではない。だが・・・。



(まるで、浮気と思われて否定するやつだな・・・)


事実をはっきりしたいのではなく、『仁科には勘違いされたくない』ということなのかもしれない。自分でそれに気づき、苦笑する。
どうやらつい最近知り合ったばかりのこの少年を想像以上に大切に思っているらしい。


「だから・・・安心することだ」

一体何に安心すればいいのだろうか・・・気休めのつもりで言ったものだったが、効果はあったのかもしれない。仁科から力が抜けたような気がした。
そんな仁科を抱きしめながら真鍋は考え込む。仁科は自分のことをどう思っているのだろうか?少なくとも嫌われていないことは分かっている。
懐かれていることも知っている。だが、彼には好きな人がいる。つまり自分は一番ではないということだ。




(兄みたいな・・・ものか・・・)



心の奥に小さなとげが刺さるのを感じる。その予想の出来ぬ痛みに彼はうろたえる。
それはずっと分かっていたはずなのではないか。仁科が誰を好きでいようと、自分には関係なかったのではないか。
だが、関係ないのならこの胸の痛みをどう説明したらいいのだろうか。


「真鍋・・・さん・・・?」

腕の中の仁科が、一瞬震える。真鍋の複雑な気持ちが腕から伝わってきたのかもしれない。

「い、いや・・・なんでもない」

自分の心の戸惑いを無視し、抱きしめる腕の力を強くする。そんな彼の行動に更に仁科が戸惑うことになる。

「ま・・・真鍋・・・さん・・・」

腕をはがそうとする動きを封じる。

「無理・・・するな・・・」

「でも・・・」

「辛いんだろ?ほんとは泣きたいんだろ?」

「これ以上真鍋さんに迷惑は・・・」

なおも拒絶しようとする仁科。これ以上甘えることに不安があるのだろう。その先の結果を恐れて・・・。






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