第17夜

「ったく、俺を何だと思ってる。誰が迷惑だと言った!本当に迷惑なら・・・こんなこと、するわけがないだろう!」


本当は励ましたいのに、優しく接してやりたいのに、多少言葉が乱暴になる。傷ついている少年に対する話し方ではないことは分かっている。
だが、それは気の利いたことが出来ない自分への意苛立ちでもあった。



「ははは・・・本当に・・・お人よしなんだから・・・」


それから仁科は何も言わなかった。

ただ声を堪えてひたすら涙を流していた。

真鍋にしがみつく指先の辺りがちょっと痛くて・・・それが痛々しかった。真鍋に対する遠慮がまだあるのだろう。
だが、泣けるようになった分、まだましか・・・安堵もする真鍋。
ずっと堪えてきたのだ。そうかんたんに全てを流すことは出来まい。まだまだ傷がいえるのも時間はかかるだろう。
それでも、どんなにわずかでもいい。前に進んでくれればそれでいい。


「言っとくけど・・・インプリンティングされてるかもしれないが、俺はそんなに人はよくないからな。周りにはもう少し優しくなれと言われている」

天を仰ぎ、苦笑する。謙遜でもなんでもなかった。
決して感情がないというわけではないのだが、真鍋は人に優しくすることが苦手だ。
本人の名誉を考えると不器用と言えばいいのかもしれないが、周りの人は冷たいと言うことが多い。しかもその筆頭は高梨だ。


「充分今でも優しいよ。みんなそれに気づかないだけ・・・」

「まぁ、人は人だからな。別に何と言おうともかまわない」

仁科のほめ言葉をあっさり切り捨てる。言われ慣れない言葉に対する照れ隠しもあるが、これも真鍋の本質だ。ドライと言ったほうがいいのかもしれない。
だから、自分らしくないことをしている彼が一番戸惑っている。


「強いね、真鍋さん。俺、そんなこと思えない」

人の言葉を気にしてしまう・・・仁科の考えが別に変ではないことは真鍋も知っている。
当然、好きな人には好かれたいと思うだろうし、自分の言葉が相手にどう伝わるかを気にするのはおかしいことでもなんでもない。


「勘違いするな。そういうのが強さだとは限らない。泣きたいときに泣けるのも強さだ・・・と俺は思うけどな」

ただ打たれ強いだけが強さだとは、真鍋は思っていない。自分の心を素直に出すこともまた強さの一つだろう。
よく指摘されるのだが、真鍋に関しては強いのではなく、鈍いのかもしれない・・・自分でもそう思う部分はある。だから、泣くことが弱いことだとは思わない。
泣きたいときに泣くことも時には必要だ。


「真鍋さんも泣きたいと思うときあるんだ?」



「今が一番泣きたいけどな」



それはある意味本心だった。本来は全く接点はない二人。
たまたま酔いつぶれた少年を拾い、食事をし、挙句の果てに腕の中で泣かせている。
独りのことでここまで頭一杯になり、おまけに優しいとまで言われる。
今までなかったことが立て続けに起こり、真鍋自身頭がパンクしそうなくらいだ。


「その・・・ごめんなさい・・・」

それを迷惑だと感じてしまったか。

「馬鹿が。ここは謝るところではなく、甘えるところだろう。一つ聞きたいんだが、お前は謝ることが好きなのか・・・?」

「違うけど・・・」

そんなことは聞かなくても分かっている。おそらく仁科の抱える『後ろめたい』想いが大きな原因だろう。
男同士を開き直ることが出来ないから、どこかで悪いことだと思っているから、まず謝ることを考えてしまう。罪悪感を取り除いてやることが肝心だ。


「謝るときは悪いことをしたときだけでいい。別に俺は悪いことをされたと思ってないから、謝られても迷惑なだけだ」

「・・・ありがと」

再び沈黙して真鍋に身を預ける。そんな仁科を強く真鍋は抱きしめてやる。
それからは真鍋も仁科も言葉を発することはしなかった。ただ、仁科を大切にしたいという気持ちだけをこめて、真鍋はつつみこんでやった。
傷ついた少年を放っておけない・・・それもあったが、自分自身が離したくなかった。この腕の中に抱きとめておきたかった。
そんな複雑な真鍋の気持ちを知っているのかどうか、ただ仁科は声を殺して泣き続けたのであった。






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