第18夜

本当は会社を休んでも仁科についてやりたかった。
だが、仁科がそれを遠慮したので、叶わなかった。
いろいろと理由をつけて無理を通してもよかったのだが、そうすれば仁科は気に病むことになるだろう。
それは真鍋の望みではなかったので、本当にしぶしぶと後ろ髪を引かれる思いで出社する。


「よぉ、昨日はどんな一夜だったかい?」

そんな真鍋の気持ちを知っているのかいないのか、無駄に明るい声をかけてくるのが、悪友の高梨。
知っていたところで彼は気を使うようなことはないだろう・・・真鍋は心の中で愚痴ることにする。


「別に・・・お前の期待に添えるようなことはしてないぞ」

それは紛れもない真実だった。心に隙だらけの仁科だ。ちょっと優しくすればかんたんに落ちるのかもしれないが、困ったことに真鍋のほうにその気がない。
もともとそのケがないということもあるのだが、好きな人がいる・・・それを気にしたことが大きな理由だった。
結局真鍋は優しい兄のようにそばにいただけで、そこには色気のかけらもなかったのだった。


「・・・甲斐性ないな。そういうときには心の傷に付け込んでやりたい放題してみればいいじゃないか。あの子なら拒まないと思うがな」

高梨の言うことは的を射ている・・・痛いところを突かれた真鍋は沈黙する。
自分が手を出したところで仁科が拒まないことは分かっている。
喜んで・・・とは思えないが、真鍋に捨てられることをおびえて、少年はおとなしく身体を開くだろう。
そのような実感はあったが、真鍋が嫌だったのだ。その理由はまだわからない。



「ま、俺はあまり賛成できないけどな」


「はぁ?」


高梨から出た意外な言葉に真鍋は耳を疑った。高梨がそのようなニュアンスの言葉を口にするなど、日常生活では考えられなかった。
彼は楽しむことは徹底的に楽しむ・・・そのタイプの人間だ。仁科に恋人扱いされたときでさえ柔軟に対応したのに・・・つまりそれは高梨にとって気に食わないことであるということに他ならない。
彼は度を過ぎて気に入らないことがあると、かなり容赦がない。そういえば・・・最初仁科を前にしてもそうだった。


「俺はあの子に手を出すのは歓迎できないってこと」

「おいおい・・・お前には関係ないだろう」

冷たい言い草ではある。だが、真鍋がそういうのも無理はなかった。偶然居合わせはしたが、本来この件は高梨には全く関係のないことだったからだ。
そんな『関係ない』ことに高梨が口を出すことは、まずありえなかった。
ということは・・・つまり高梨にも関係あることとなるのだが、その理由が思いつかなかった。


「関係ない、あぁ、関係ないな」

むすっと、わざと嫌みったらしく言っているのが分かる。

「だが、関係なきゃ何も言っちゃいけないのか?」

「何わけのわからないこと言ってるんだ。今日のお前何か変だぞ?」

この一言で大きなひび割れが聞こえたような気がした。真鍋も言いすぎかと後悔したが、時はすでに遅かった。

「変で・・・悪かったな。いちゃつきたかったら勝手にしろ!」





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(はぁ・・・)

お昼休み、高梨は何ともいえないため息をついた。逆切れなんてみっともない、自己嫌悪する。
ただのやきもちだったのだ。いつもつれない真鍋が見知らぬ少年に優しくしている・・・これは今までありえなかった光景だった。
最近真鍋も変わった、穏やかになったと思っていたが、その原因が何処の馬の骨かも知らぬガキ。今まであったポジションを奪われたような気がした。


(あいつの前じゃ否定しては見たものの・・・)

もしや真鍋のことを・・・そう思いかけたところで首を振る。そんなことがあったらとっくに告っている・・・苦笑する。

(俺ってば病人ですね)

これだから友情は困るのだ。これが恋情だったら適当に理由をつけてごまかすことが出来る。『ホモ』で片付けることが出来るのだ。
だが、友情はそうもいかない。特に長い付き合いである分、何かあると一気にこじれるのだ。


(どう謝ればいいんだろうな・・・)

高梨も自分が簡単に引かない性格であることを自覚している。一度謝ってしまえば楽なことは分かっているのだが、それをすると自分の非を認めることになるので気に食わない。
全てはあのガキのせいだ・・・むしゃくしゃしていたところに・・・。


「お?君は・・・」

そのイライラの張本人が目の前を歩いていた。先日見た制服ときは暗闇で分からなかったが、それなりに整っている少年のようではある。
手入れの行き届いたであろう黒髪、遊びまくっているというよりは、誠実そうな人間。




(こいつに俺のダチはやられたってわけか・・・)



ただのじめじめしている男ならまだ救いようがあったのに・・・ちょっとムカつく高梨。それを隠して仁科に近づいた。






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