第19夜
「あなたは・・・」
「俺?真鍋のアレです」
『アレ』を強調すると、目の前の少年の表情が暗くなる。恋人とでも思ったのだろう。もう少しいじめてやるか・・・高梨はほくそ笑む。
「高梨って言うけど、そういう君は・・・真鍋の何なんだ?あいつに弟がいるなんて話は聞いたことないが・・・」
これは嫌がらせではなく純粋な疑問でもあった。何故彼が真鍋のそばにいることが出来るのだろうか。
それが弟であれば話は早いが、確か真鍋に弟はいなかった。つまり、真鍋と少年は赤の他人でしかない。
真鍋がそんな『赤の他人』に優しくするような性格ではないことは、高梨もよく知っている。
「俺は仁科っていいます。真鍋さんには・・・その・・・親切にさせていただいてます」
仁科が言葉を選んだのがよく分かる。高梨を警戒しているのもあるだろうが、根本的な育ちのよさもあるのだろう。
「ふーん。まぁ、いいや。何でここにいるのかい?」
ハンカチで汗を拭きながら高梨が訊く。高梨が勤める会社周辺は、東京でも有数のビジネス街だ。高校生が独りでいるのは、少し不自然。
しかも、夏服だから就職活動ということはまずありえない。おまけに、真鍋の自宅からはかなり遠い。
真鍋は仁科を自宅近くで拾ったという。何かの拍子に楽しみのないビジネス街に寄ったとは考えにくい。
それなら真鍋を追ってきた?それならまだ納得できる話だが、真鍋が会社を教えるとは思えなかった。そして、この少年もそんな真似はしないだろう。
「いえ、なんとなく。真鍋さんはどういうとこで働いてるのかな・・・と。別に会社が何処なのかは知らないですけどね」
知らなくても近くに来てしまうとはすごいものである。高梨は内心感心する。
「何処も何も、すぐ近くなんだけどな。さすがにあいつに無断で案内するわけにはいかないが。ところで、今暇なのか?暇なら、茶でもするか?」
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どう考えても茶に誘ったのはその場の勢いだった。少しいじめてやろうと高梨は思っていたが、何故こうなったのかが不思議でたまらない。だが、そんな高梨でさえも茶に連れ込んでしまうような空気があったのだ。
「・・・どうかしましたか?」
オレンジジュースを飲んでいた仁科がそれをやめ、困惑気味に聞いていた。どうやらじっと顔を見ていたらしい。
さすがにそれは失礼だったか・・・高梨は適当に理由になりそうな言葉を捜す。
「あぁ、君は男と・・・したくなるような人間なのか?」
さすがに会社周辺のファミレスだったため、高梨もあえて露骨な表現は避けておいた。
ただ、それは決して彼の思い込みではない。真鍋との関係を恋人同士と思っていたようだから、それに関係することは確かだ。だが、ひとつ疑問なのは・・・
(そんな感じはしないんだけどな・・・)
別に仁科を見ていてもあまり女っぽさは感じない。普通の少年で、言葉を聞いていても、大して不快な響きはしない。
基本も整っているようだから、そんな性的に困っているような印象は受けなかった。
「まぁ、別にそうでないとだめだって事ではないですけどね。普通にエロ本みてもちゃんと反応しますし」
そのエロ本がどの分野かでも大きく変わっていくのだが、あえてそこは指摘しないでおく。
「なるほど・・・好きになったのがたまたま男だったってわけか・・・」
『そうです』その答えを聞いて少し考え込む。漫画に良く出てきそうな話だ。
だが、現実にこうして存在している。別に高梨はホモのことなどどうでもいい。自分に降りかかるものなら、どうにかするが、これは他人の話だ。
自分が関わってもそう旨みのなさそうなことだ。
「ほんじゃ、真鍋のことを・・・」
ただ事実を知っても面白くはない、それならからかってみようか・・・そう考えた高梨の言葉だったが、目の前で盛大に仁科がむせた。咳き込む姿はおかしいを通り越して少し可哀想だとも思えた。
「何言ってるんですか!そんなこと、あるわけないじゃないですか。いや、そりゃ、あの人は尊敬できる人ですけど」
『会って間もないのに』慌てて仁科が否定した。
ただ、真鍋自身のことは否定していない。明確な恋心を抱いているわけではないが、少しくらいは意識している・・・そんなところが妥当だろう。
人を好きになるのに時間は要らない・・・それは言わないでおいた。そのくらいは少年だって知っているはずだ。
「ま、いいか。好きになるのは勝手だし。ただ、忠告しておくが、あいつを好きになると大変だぞ?真鍋ってものすごく冷たいからな」
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