第21夜

「そういうのは本人のいるときに言ったらどうだ」


噂をすれば・・・というが、高梨はその噂の主、真鍋が後ろにいたことには気づいている。窓際に座っていたため、ガラスから見えたのだ。
おそらく真鍋も座っていた二人に気づいて何も迷わずにこちらに来たのだろう。


「そこまで素直じゃないからな、俺は。悪いことをしたと自覚していても、中々出来ないんだ。そのくらい・・・知ってるだろ?」

「そうだな。お前らしいといえばお前らしい。高梨ってずっと昔から謝らないんだよな。自分が悪いと思ってるときだけ妙にまどろっこしい手を使いやがって・・・」

こつんと軽く頭を殴る真鍋。仁科が悲しげな顔をしているのは、決して気のせいではあるまい。
自分の楽しみを最重要視する高梨だったが、大切な友人が大切にしている存在を悲しませるわけにはいかない。今日ばかりは余計なお世話をしようかと思った。


「これから忙しいのか?」

「いえ・・・そんなには・・・」

「そうか。勝手に連れ込んどいて悪いんだが、今から会社に戻らないといけなくてね。勘定はこいつに払わせるから、しばらくゆっくりしてるといい。真鍋も昼休み、取るんだろ?」

「そ、そんな、自分の分くらいは自分で払うからいいですよ」

律儀といえばいいのか、遠慮しすぎるといえばいいのか。自分だったら遠慮せずにご馳走になる・・・と思ったが、自分の基準で考えてはいけない。
もし高梨のような性格だったら、真鍋も気にかけはしないだろう


「仁科くんよ、まだまだ学生の君には分からないかもしれないが、おごられるのも年下の仕事なんだよ」

「出すのは俺なんだけど」

「手数料だと思えば安いだろが」

真鍋の文句は一言で封じておいた。これが他の相手だったら意地でも支払わないだろうが、今だったら文句を言いつつも引き受けるだろう。
目の前の少年がそうさせるよう変えてしまった。そんな事実は寂しくもあるが、これ以上野暮なまねはしたくない。


「ったく・・・お前じゃなかったらぶん殴ってるぞ」

そんなささやかな言葉にちょっとだけ嬉しくなる高梨。明日根掘り葉掘り聞いてやろう・・・こっそりとほくそ笑んだ。





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何でこうなるんだ・・・高梨から呼び出された真鍋に疲れがどっとのしかかる。
ちょうど外回りから戻ってお昼にしようかと思っていたところだった。そんなときに呼び出し。朝の喧嘩の件かと思ったが、そう簡単に高梨は謝る男ではない。
最悪の場合自分のほうが折れるか・・・そんな覚悟で行ったのだが、まさか仁科と一緒だとは思わなかった。
窓の外から見える位置に陣取っていた二人を見たときは、驚きを隠せなかった。


「あいつに、なんか言われたりしなかったか?」

「いえ・・・別に何も」

特に表情の変化はないから、特に変わったことはなさそうだ。高梨とは偶然会っただけだろう。
そちらの疑問が解決したが、問題は会話だった。残念ながら真鍋は積極的に会話をするような性格の持ち主ではない。


「そうか。そういえば今日は学校は・・・」

と、無難なところから始めることにする。

「えぇ、テストが終わって午前中なんですよ。それで、学校帰りに歩いてたら高梨さんに会って」

こんなところで会うのも珍しいが、会ってしまったものはしょうがない。せっかく会ったのだから何か話題を・・・と思ったところで思い出す。

「仁科は休みには遊ぶほうか?」

「まぁ・・・人並みには遊びますけど、あ、でも、いちおうそういう遊びはしてないですから・・・俺、実はピュアですし」

「いや、そっちの遊びはいいんだけどな」

勘違いをしたのか、それともボケているのか・・・苦笑いする仁科につられ、真鍋も苦笑い。

「さっき客先で水族館のチケットもらって。まだ期限はあるから、今度友達と行くといい。
いろいろと大変かもしれないが、たまには気分転換も必要だろう」


ちょうどいい押し付け先があった。いそいそと真鍋はチケットを差し出す。
実はこのチケット、取引先の担当である初老の部長から『彼女と行くといい』と押し付けられたものだった。
その部長、人自体は悪くはなく、こういう気遣いも嫌いではないのだが、残念ながら真鍋には女など居ない。そして、仲良く水族館を楽しめそうな友人もいるわけではない。
処分方法を考えていたところに、仁科と会ったのだ。


「まぁ・・・それではそうですけど・・・」

急に仁科が暗くなり『まずかった』真鍋は後悔する。『友達』と聞いて真っ先に想像するのは佑のことだろう。
しかも彼は失恋したばかりだ、何も思わないわけではない。軽率すぎる言葉を反省するしかなかった。






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