第23夜

『へ?』間抜けな顔して仁科のほうを見る。『綺麗』とか『可愛い』とか言うかと思ったのに、『捌いたらおいしい』とは意外すぎる言葉。

「あ、今驚いてる」

「そりゃ、驚くに決まってるだろう」

悪友の高梨だってそんなことは言わない。

「俺が『捌いたらおいしい』と言ったから?」

どうやら固定したイメージを抱かれて拗ねているらしい。そんな様子はある意味年相応で見ていてほっとする。

「そうだ。いや、お前に限らずここで言うものじゃないけどな・・・」

「え?そうですか・・・」

「あぁ。だって・・・あんなど派手な魚見ても、おいしそうだと思わないぞ、普通・・・。見るには綺麗だが、食べるには毒々しい」

そのくらいは仁科も分かっているだろう。たぶんこれは真鍋に構ってほしいから。
出会ったころに比べれば、かなりの進歩だろう。今も多少遠慮している部分もあるが、以前に比べれば笑顔が増えた。


「あぁ、そうか・・・ひょっとして、すし食べたいのか。それとも、刺身か?」

「それこそこんなところでの台詞じゃないでしょう。俺が言うより生々しいじゃないですか」

即突っ込みを入れられ、苦笑する。
どうも自分は仁科の笑顔を見ていたいらしい。誰だってつらそうな顔をするより笑っていたほうがいいのだが、仁科に関してはちょっと意味合いが変わってくる。
他人のことなんかどうでもいい真鍋が思うのだから、それはとんでもないことなのだ。


「まぁ・・・水族館で魚が食べたいというのは俺らくらいしかいないだろうな」

『ですよね』というのと同時に周りの魚が逃げる。これはただの偶然でしかないのだろうが、そのタイミングのよさに仁科が笑う。

「真鍋さんにおびえたんだ」

「否定できないところが悲しいな」

ただでさえ人も寄り付かないのに、魚も逃げるなんて・・・。

「冗談です。なんだかんだ言って真鍋さんは優しいです」

仁科はよく彼のことを優しいという。他人に言われれば平気で無視できるであろうこの言葉も、仁科に言われるとかなりむずがゆいものがある。

「俺が優しいなら、他のやつ、みんな優しいじゃないか・・・」

真鍋に優しいという人間などいないのだから、もし真鍋が優しかったら・・・という論理はある意味間違えていない。

「ほんと・・・この人自覚ないんだから・・・」

あ〜あ、ため息をつく仁科。

「自覚ってどんな自覚なんだよ・・・」

「いーや、なんでもないです」

自分から振っておきながら・・・そう思ったが、これ以上突っつくのはやめておいた。
考えてみると、仁科と話すのは心地がいい。
無口というわけではないが、真鍋はあまり人と会話を楽しむ性格ではない。それなりに人に気を遣わなければいけないからだ。
気兼ねなく話せるのは付き合いの長い高梨くらいなものだ。仁科は彼とはタイプは違うのだが・・・何故だろう。


「まぁ、俺なんかよりお前のほうが優しいと思うけどな」

良くも悪くもそれが仁科に対する印象。ただ、周りのことを気にしすぎだ。もう少し自分のために生きてもよいのではないだろうか。

「俺褒めたって何も出ないですよ」

少し赤くなって返す。そんな彼も年相応で可愛い。



(可愛い・・・だと?)



何気なく自分で思ったことに焦る真鍋。同性に対してそう思うことも問題だろうが、それ以上に誰か一人の人間に対しそう思うことのほうが問題だった。
たとえば同僚の子や、テレビに出ている子に対して他人事のように思うのとは全く違う。仁科に対して感じるのはそこらへんで使われるものではない。


「あのー・・・どうかしましたか?」

そんな真鍋の沈黙を不思議に思ったのだろう。恐る恐る聞いてくる仁科。



「いやー・・・可愛いなと思って」






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