第29夜
絶縁状態の仁科と佑に気のきいた会話ができるわけではなく、しばらくの間硬直状態が続いていたが、話題は佑のほうから振ってきた。
いつも仁科の方が話題を振るので、これ自体はかなり珍しかった。
「その・・・仁科くんって・・・」
「ホモかって?」
「その・・・」
『今でも信じられない』その言葉に仁科は再度沈黙した。信じられないのではなく、信じたくないのだろう。
友達としてそばにいて、佑が男に興味を持ったという話は全く聞かない(それは極めて自然なことではあるが)。
普通に佐井のほうばかり見ていて、仁科はただのオトモダチのうちの一人でしかなかったのだから。
「ったく、本当に・・・鈍いんだから。前にも言ったとおり、俺はずっと佑のことが好きだったんだ」
コーヒーカップを持つ姿は冷静であるように見えるが、手がかすかに震えている。
本当は仁科だって仲違いしたままではいたくない。大切な友達だからこそしっかりと想いを伝えたいとも思うし、この気持ちが叶わなくても、元の友達としてやっていきたいのだ。
「ずっと僕のこと、そんな目で見てたんだ」
佑の瞳に浮かんだのは、嫌悪か、それとも蔑みか。以前『気持ち悪い』と言ったときよりも、はるかに拒否反応の強いものだった。
(やっぱり・・・こんなものか)
目の前の現実に仁科は失望する。同じ男に性欲の対象として見られれば、普通は誰もが嫌がるということは分かっている。真鍋や高梨が例外なだけだ。そのくらいは仁科だって分かってる。それでも・・・。
「最低」
たった一言。ただ、仁科を傷つけるには充分すぎた。
「うん、そうだね」
冷え冷えした答えに、あからさまにびくっとする。自分で仁科を軽蔑するような言葉を吐いておきながらそのような反応をするのは、普段佑には激甘だからだ。
仁科が相手を凍らせる視線を贈るとは思っていなかったようだ。
「言われなくてもそのくらいは俺だって知ってるよ。でも、佑は今俺がどんな気持ちでいるか分かる?ずっと好きで、でも、やっぱり男だから告白できなくて、佐井と仲良くなってるのを見ているしかできなくて」
「そんなの・・・勝手だよ」
「そうだね。勝手に好きになったのは俺だから。でも・・・でも・・・」
本当は逆切れであることくらい知っている。
それでも、ずっと想いつつけてきたという事実が仁科の口を止めることを許さなかった。
「俺だって好きな奴に最低だって言われて何とも思わないわけじゃないから。言いたいことはそれだけ」
これ以上佑の顔を見ていたくなかった。どうせ嫌いになれないことくらい、分かっているから。
だから、無理やりその席を離れる。佑が止めようとしていた気がしたが、見なかったことにした。そうでもしなければ、泣いてしまいそうで嫌だったから・・・むりやり感情を封じ込め、彼は元凶に電話する。
『はい・・・え?仁科?』
電話の主、佐井が驚いている。てっきり佑と食事中とでも思ったのだろう。
「うん、もう終わったから」
そう、自分の想いを告げてしまった時点で何もかも終わってしまったのだ。
『え・・・?』
「言ったとおり。じゃね」
『ちょっと待って!』そんな佐井の言葉は無視し、電話を切る。ひょっとしたら仲直りしてほしかったのかもしれないが・・・これでよかったのかもしれない。
いずれ終わってしまう関係であれば、それが来るのが早いか遅いかの違いしかないわけだから。だったら・・・変な希望を持たないうちにつぶしてしまったほうがいい。
(真鍋さん・・・俺、泣いてないよ・・・)
見た目よりはるかに心配性な真鍋は、今日あったことを言うと、『今すぐ来い』とでも言いそうだ。
だから、仁科は今日だけは真鍋に連絡はしないことにした。絶対彼に甘えてしまうことが分かっているから。
そのぬくもりを手放せず、ずるずるとおぼれてしまうことが目に見えているから。せめて今日だけは独りでいたかった・・・。
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