第30夜
(う〜ん・・・俺、悪いことしたかな・・・)
会社からの帰り道、独り悶々とする真鍋。人から恨まれる自信はそれなりにあるのだが、今回の件ばかりは見当がつかない。
(やっぱり告ったのがまずかったか)
あれから仁科からメールが来ない。今まではほぼ毎日のようにやり取りをし、真鍋が送ったらほぼ確実に返信が来たのだが、ここ最近は何の音沙汰もなかった。
(変わったな、俺も)
今までそんな気持ちになると思ったことはなかった。
休日はいつも携帯はマナーモード。バイブはつけない。出るのは会社からの電話のみ。本当に用事があるのなら、何度か電話するだろうから、その場で気付かなければまず一発では出ない。
出るとしたら真鍋の性格をよく知っていてしつこく電話する高梨くらいなものだ。
(独りで泣いてなければいいが・・・)
『便りがないのがよい便り』というが、急に連絡がなくなるのも不安だ。
余計な心配だと分かっていても、今まで誰かのことでここまで頭を悩ませたことがないものだから、適当なところで・・・ということもできない。
(俺が過保護なだけか・・・って・・・)
どんなに気にしても返事が来ないのだから仕方がない。会社を出、駅の改札を通ろうとしたところに一人の少年が右往左往している。
定期を落としたのか?邪魔だから探すのなら別のところで・・・隣を通り過ぎようとしたところで真鍋が硬直する。
「え・・・君は・・・」
驚かないはずはない。その少年は仁科の片想いの相手、佑だった。この時間からすると、予備校にでも行っていたのだろうか。
「そういう貴方は・・・どなたですか?」
真鍋はずっこけた。
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藪蛇だったか・・・とは思っていたが、わずかではあったが真鍋のことは覚えていた。
じっと顔を見たところ『あの時レストランにいた・・・』と思い出してくれた。どうも少年萱原佑はあることで頭が一杯だったようだ。
「財布・・・忘れたのか?」
「いえ。ただ、定期入れを忘れてしまったみたいで。もう予備校もしまってるし、明日取りに行きます」
そう言って財布から小銭を出そうとしたところでため息をつく。どうも中身が想像以上に少ないらしい。
「いいよ。そのくらい、貸してやる」
本来だったら『あぁ、そうですか。大変だね』で済ますのだが、会話してしまった以上は仕方がない。これは真鍋なりの気遣いだ。
曲がりなりにも仁科の友人であるのなら、お金のことはしっかりしてそうだ。定期を忘れたとはいえ、あげるといったところで受け取らないことは、簡単に予想が出来る。
「その・・・有難うございます」
そんな珍しい真鍋の気配りを受け取ってくれたらしい。
「気にするな。この分は、後で仁科に渡してくれればいいから」
何気なく言ったつもりだった。仁科が振られたということは忘れていなかったわけではないが、別にそれは問題ない。普通はその事情を知っていることが変なのだから。
ただ・・・問題は・・・それを聞いた佑の表情が暗くなったことだ。
「ん・・・?どうした?」
その名前を聞いて嫌悪感を示すのであれば、真鍋も違和感を覚えなかっただろう。
「その・・・仁科くんと仲いいんですか?」
探りを入れてくる少年。
「んー・・・どうだろな。悪いわけじゃないが・・・」
まぁ、仲は悪いわけではない。もちろん、よいわけでもないが。それ以前に、ここ最近会っていないため、答えのしようがない。
「そうですか・・・彼、なんか言ってましたか?」
「何かって?最近会う機会がないからよくわからん。たぶん君のほうが詳しいんじゃないか?」
「それは・・・その・・・」
そんな質問に歯切れの悪くなる少年。胸騒ぎがする。もし、真鍋の予想が真実であれば、急を要する事態だ。
今こうしている場合ではないのだが・・・さすがに目の前の少年を放っておくわけにもいかなかった。
「残念だけど、俺のほうには連絡は入っていない。何かあったら友達の君に連絡が入ると思うが。
あいつに何かあったのか?」
「それは・・・」
再度の沈黙で二人の間の溝を確信する。
おそらく仁科と佑は喧嘩した。今度は絶縁関係にまで発展したか。それなら、仁科の件については触れないほうがよいかもしれない。
うかつに言葉を発して、仁科の心象を悪くする必要はない。
(だが・・・妙だな・・・)
仁科と佑の関係が悪くなっていることは決定的事実だ。
もし悪くなっていないのであれば、仁科だって真鍋に連絡を入れているはずだ。
今音沙汰がないのも、『甘えるわけにはいかない』と逆に真鍋に気を遣ったから・・・そう考えると辻褄が合う。
ただ、ひとつ理解できなかったのが佑のことだ。縁を切ったのは明白なのに、どうも仁科のことを心配しているようにも感じる。
だから真鍋は一つの賭けに出ることにする。
「一応俺はこの前会ったんだが・・・」
『そうですか』すこしほっとした様子を見せる佑。後は彼のほうから口を開くのを待つだけだ。慌ててこちらのほうから口を開く必要はない。
「知ってるかもしれないですけど、この間仁科君に告白されて、でもやっぱり男同士だから、断るしかなくて・・・。これから僕はどうしたらいいと思いますか?」
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