第32夜
ただお金を貸してやればよかったのかもしれないが、そのまま真鍋は佑の家の近くまで送ってやった。
一人で夜歩けない年齢ではないと思うが、そのままにしておくのも夢見が悪い。
それだけでなく、普段の仁科、つまりは真鍋が知らない一学生である仁科のことを知りたいという部分もあった。
それで分かったことは、決して佑は仁科のことを嫌っているわけではないということだった。
話の端々に自分の放った言葉に対する後悔の念が浮かび上がっていた。だから、いずれは佑の方から歩み寄ることになるかもしれない。
後は仁科次第となるのだが・・・たとえ時間がかかってももとの仲に戻るだろう、不思議とそんな確信が持てた。それ自体は真鍋にとってプラスではないのかもしれないが、今回ばかりは心底二人の仲直りを望む真鍋。
ふと仁科の顔が見たくなる。別に毎日会っていたわけではないが、ここ数日が妙に長く感じた。そんなことを感じたのは今回が初めてかもしれない。
だが・・・メールを打つ手が止まる。
もう少し仁科には時間をやったほうがいいんじゃないか
ちゃんと仲直りするまで待ったほうがよいのではないか?
それ以前に、もう真鍋とはかかわりたくないと思っていたら。
『恋をすると人は臆病になる』とはよく言ったものだ。
「お、真鍋。何悩んでるんだ?」
高梨に後ろからどつかれ、ここが職場であることを思い出した。
これが休憩中でなければ上司に怒られただろう・・・その上司に真鍋を怒る度胸があるかどうかは別として。
「あ?俺が?」
「あぁ、お前が。眉間のしわがいつもより深いぞ」
そう言われてしまい、真鍋は考え込むのを中断する。どうやら自分の苦悩は周りにも伝わってるらしい。
「おかげで周り、おびえてる」
周りを見ていると・・・確かにそのとおりだ。多少表情を緩めると、周りの緊張も多少緩む。
「どうせあの子のことだろう?」
『まぁな』否定する理由がなかったので、認めておく。『あの子』の言葉に驚いた周囲に関しては一睨みで黙らせた。
大まかな事情を知っている高梨には効果なかったが。
「悩む暇があんなら、動いたらどうだ?」
文句言われる覚悟で肯定したが、高梨の不満は真鍋が想定したのとは別のところに存在したようだ。
「お前に言われるとはな。俺らのこと反対じゃなかったのか?」
従って、高梨の急な変わりようにはびっくりするしかなかった。以前反対したとは思えない。
「ま、考えてみたら、俺が反対する意味もないしな。ただ焼餅やいてただけだから」
真鍋の驚きに追い打ちをかける一撃。『焼餅』自体はよく耳にする単語ではあるが、高梨が真鍋に向かって口にするのは初めて聞いた。
それ以前に、男が男に焼きもちを焼くということ自体珍しいだろう。
「お前が・・・?」
ただ、彼の言動を深く思い出してみると、心当たりがある。彼が初めて仁科を見た時からおかしいという部分があったのではないか?
「そ。だって、今までろくに人とつるまなかったお前がなぁ・・・お前のダチは俺だけだって自惚れてたのに・・・」
「ま、それは否定するつもりはないけどな・・・」
高梨の言っていることはただの自惚れではない。いくら真鍋が年中仏頂面でいたとしても、自ら進んで孤独に浸る趣味までは持っていない。
彼はそこまで根暗な性格の持ち主ではないし、その行為は自分の仕事上でもプラスにならないことは理解している。
よって、浅い付き合いならそこまで少なくはない。ただし、自分自身のことを言える、自分に対して好き勝手言ってくれる相手は高梨くらいだ。
「そっか。そんなことを言うなんてやっぱりお前も変わったよな。今までだったら『ふざけるな』くらいは言うはずなのに」
基本的にそんなケースになった場合には『ふざけるな』とは言わずに、無言の圧力をかけることが多いが、高梨の言わんとすることは理解し、真鍋も納得する。
仁科と知り合って確かに少しずつではあるが変わっている気もする。『人』というものをしっかりと見ることができるようになったのではないか。
「なんか悔しいな。あの子にいいところを持ってかれてるような気がする。これで俺は孤独か・・・つまらない。
ま、それでお前がハッピーになるなら・・・それはそれでいじくり甲斐がありそうだから、差っぴいて考えて・・・ここはお前の恋を応援することにしよう」
彼がわざわざ『応援する』ということは、何かしらの目論見がある可能性は高いが、それをいちいち気にしても仕方がない。
「あぁ・・・そうだな。せっかくだから、これからサボらせてもらうとするか」
職場でありながらもそれをまったく無視した言葉。変わったことは自覚しながらも、マイペースなところは大して変わっていない。
「おー、結果楽しみにしてるぞ」
と声をかけてくるのは、高梨ではなく上司。どうやら真鍋の身辺に興味深々なのは高梨だけではなかったらしい。
「あ、いいんですか?」
「浮いた噂がない真鍋がどんな女の子に狂ったかが気になるから」
そういえばこの上司も酒の席でこの手を話をしていたのを思い出した。
「あぁ、女の子じゃないですから」
仁科には悪いかもしれないが、あえて隠すつもりはなかった。
「なるほど。真鍋は熟女好みか」
そう答えるのも無理はない。ちなみに、真鍋にその類の趣味は全くない。
「残念ながら、女の子でも熟女でもないですよ」
う〜ん・・・上司は黙り込む。
「そういう趣味があるとは・・・そりゃ、女っ気がないのも当然だな」
あっけらかんと上司もその事実を受け入れた。
「ま、成績さえ残してくれれば、後はどうしようと構わないが・・・どうせ、サボるといってもその辺は抜け目がないんだろう?」
『当然です』即答だった。もともと真鍋は優秀な男だ。だが、仁科を守るためには今以上に業績を上げて足元を固めなければならない。
そして、少しでも彼が安心できる存在でいなければいけないのだ。
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