第33夜
珍しくメールをせずに直接電話をしたが仁科は出なかったため、『今日暇ならうちに遊びに来い』と、これまた珍しく留守電にメッセージを残しておいた。
もちろん万が一無視した場合の脅し文句も付け加えて。
堂々と仕事をサボった手前どうにかしなければいけないのだが、それは自分の都合だ。
仁科に押し付けてはいけない・・・と言い聞かせていること自体、真鍋が焦っているということなのだが、そんなことはこの際どうでもいい。
仁科のことが心配・・・結局そんなのは建前だ。自分が彼のそばにいてやりたい、ただそれだけなのだ。
(ったく・・・どうしてくれようか)
自分がそんな性格の持ち主だとは思わなかった。優しくない人間であると自覚していたはずなのに。子供じみた恋をしようなどとは思っていなかったのに。
それを捻じ曲げてしまうということは、それだけ仁科のことを愛しているということなのか。
落ち着いて部屋で待っていればいいのだろうが、あーだこーだ考えると落ち着かない。うろうろとしながら不審者の如く外で待つと、しばらくして目当ての人物の姿が見える。
「あ・・・真鍋さん」
声をかける前に仁科が近寄ってくる。その後返事はなかったが、メッセージ自体は聞いていたらしい。
つまり、こちらに連絡する間を惜しんできてくれたようだ。にやけそうになるのをこらえ、渋面を作る。
「久しぶりだな。元気でやってるか?」
ただの挨拶も、仏頂面の真鍋を見たら詰問に聞こえてしまうらしい。恐縮しまくる仁科に苦笑しながら軽く頭をなでてやる。
「別に怒ってるわけじゃない。ただ・・・拗ねてるだけだ」
『はい?』驚きのあまり目をまん丸にしたが、それを無視し、真鍋は続ける。照れ隠しに咳払いを加えながら。
「ったく、アレから連絡のひとつもないからな」
「えっと・・・それは・・・」
「それで、俺もいろいろと考えたわけだ。ひょっとしたら俺が鬱陶しくなったのかな・・・と」
「そ、そんなこと!」
吹き飛んでしまうんではないか、そんな勢いで首を振る少年に対し、一気に愛しさが湧き上がってくる。
「それで、俺も大人だからもう少し位待っていてやろうか・・・と思ったんだが、残念だけどどうも俺は想像以上に気が短い性格らしくてな。
自分でも意外だったが・・・禁断症状になってしまったってわけだ」
回りくどい言い方をしているが、結局仁科に会いたかっただけだ。
「で、そろそろ答えをもらうのも悪くないと思ったわけ」
あの日、早急に答えは求めなかった。それなりに考える時間は与えたつもりだ。それでも仁科には答えを迷っている様子に見える。
それは、結論が出ていないのか、それとも、出ているけれども言いにくいのか・・・。
「・・・分かりました」
それでも、ずっと返信をしなかった負い目もあるのだろう。律儀な少年は渋々と答える意思を表明する。
「返事が遅れてごめんなさい。
真鍋さんには本当に感謝してます。
佑に恋人ができて、俺振られて・・・絶望してたのを救ってくれたのは、真鍋さんだけだったから。
あの時『たまたま』って言ってたけど、それがなかったら今頃・・・正直どうなっていたか分からない。
だから、真鍋さんには本当に感謝してるんです」
仁科の口から出る、感謝の言葉。その表情に全く嘘偽りは感じられない。
だが、彼とて長く生きているわけではない。その感謝の言葉の裏にある、おそらくは仁科が口にしたくない言葉に気づいてしまった。
今、仁科が迷っているのは、それを告げようかどうか。ここは『大人』である真鍋がけりをつけたほうがいいのかもしれない。
「そうか。まだ・・・あの子のことが好きなんだな?」
申し訳なさそうに少年が頷く。どうやら自分は振られたということだ。理性ではそう判断していても、まだその実感はない。
「仲直りは・・・できそうか?」
ふと、佑のことを思い出した。あの子も決して悪い子ではない。二人の間の溝を埋めるには時間が必要だろうが、いずれそれはできるだろう。
それなら、ここで退いてやるのもいいかもしれない・・・結論を出しかけたが、できないことに気づく。
もしここであからさまに退けば仁科がそれを気に病むし、そんなことができるほど真鍋の気持ちは軽くはない。
「えっと・・・その・・・」
「ま、がんばって仲直りしてくれ。今度は二人で顔を見せに来い」
とりあえず終止符を打つのはやめておいた。恋人としての距離が遠いのであれば・・・とりあえずお友達としてそばにいることを心がけようか。
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