第35夜
自分が振られたことは理解しているため、本当は真鍋も引き返すつもりはなかった。
仁科のほうを向いてしまうと未練が生じてしまいそうで嫌だったのだ。
だが・・・顔は見ていないのに何故か仁科が泣いているような気がした。だから、つい振り向いてしまった。
それはただの妄想で終わる話ではなかった。遠くから確認したものではあったが、間違いなく少年は涙を流していた。
それからは真鍋も足を止めることができなかった。自分が年上だからおとなしく退こう・・・そんな建前はもうどうでもよかった。
「真鍋・・・さん・・・」
何かを言いかけたものの、それを封じて抱きしめてやった。だが、想像より強い力で引き離され、真鍋は戸惑う。
「ごめんなさい。本当に真鍋さんには悪いと思ってます。だけど俺には真鍋さんの気持ちを受ける資格なんかない!
だから・・・もう俺には触れないでよ」
驚きのあまり言葉を出せなかった真鍋に対し、仁科自身の口から出たのは明確な拒絶の言葉。
だが、それを言われている真鍋より、口にしている仁科のほうが傷ついているように見えるのはなぜだろうか。
「アレから佑が謝ってきましたよ。佑にはまぁ・・・完全に振られちゃいましたけど、つまりは3度目なんですけど、それでも俺がこの気持ちを抱くのを許してくれた。
『友達でいてほしい』と言ってくれた。
今はまだちょっとつらいけど、たぶん元に戻れると思うし、だから、俺にはもう真鍋さんがいなくても大丈夫なんですよ」
(俺がいなくても大丈夫・・・か)
さすがにその言葉にはショックを隠しきれなかった。どうやら仁科には自分がいなくても平気だ・・・と思わせたいのだろうが・・・自分が悔しいのはそれを言われたことだけではない。
心優しい仁科にそこまで言わせてしまったことだ。この言葉を吐く裏で、仁科はどれだけ自分を傷つけているのだろうか?
「だったら・・・そういう顔して言ってくれないか」
再度仁科を抱きしめた。突き放そうとする動きはあったが、今度は力づくでそれを封じ込める。
今彼を独りにしてはいけない。仁科がどう思おうと、それは関係ない。真鍋自身の意志で彼を腕の中に抱きとめる。
「泣きそうな顔して言われても説得力ないぞ」
真鍋のことが必要ないというのであれば、そういう顔で言えばいい。別に何とも思わないわけではないが、その方がまだ真鍋だって安心できるのだ。
それなのに、なぜ仁科は『親に怒られて大切なものを捨てなければいけない子供』のような顔をして言うのか。
「別にそのまま無視してくれたっていいのに・・・」
泣き顔は真鍋に見られたくなかったらしい。
「まぁな。本当は俺もここで身を退いてやろうかと思ったんだが、さっきそのためのシミュレーションをしたはずだったが・・・その気もなくなったよ」
「でも、俺は佑のことが・・・」
続きの言葉は強引に封じ込めてやった。
「いいよ。別に今は仁科があの子のことを好きでも構わない。
俺は・・・妬かないといえば嘘になるけどな。親友と赤の他人じゃどう考えても俺の方が不利だ。
ただ、俺はお前を独りになんかしない。独りで誰にも知られずに泣かせるような真似なんかしない。
俺はお前のことだけを見ていくつもりだ。それだけは分かってほしい」
ゆっくりと、小さい子供に言い聞かせるように伝えてやる。
「だから・・・俺と付き合ってほしいんだ」
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