第36夜

ごまかさずに伝えなければいけないのは、真鍋自身の気持ちだ。
自分が少年のことをどう想っていて、どうしたいのか。そして、仁科にはどうして欲しいのか。
好意を示されることに慣れていない少年には、分かるまで伝えてやらなければならない。


「何で・・・何で真鍋さんはそこまでするんですか・・・」

仁科が疑問に思うのも一理あるだろう。普通だったら『好きな人がいる』というだけで身を引くのだろう少年がそれを選ばなければならなかったように。
真鍋もいろいろ考えてみるが・・・結論は一つしかないのだ。


「それは・・・お前が好きだからだよ」

理由は彼が好きだから・・・それしかあり得ない。だからこそ、どんなことがあってもそばにいてやりたいのだ。

その、真鍋さんの気持ちは嬉しいです。これは嘘じゃないんです。でも・・・俺が真鍋さんの気持ちにこたえられる自信は・・・」

だが、真鍋の想いに反して頑なに拒否しようとする仁科。そのたびに彼に傷ができているように見えるのは、決して気のせいではない。

「まぁ、そう思うのも無理はないだろうけどな。お前にはお前の思うところがあるみたいだし。だから、今すぐ俺を愛してくれ・・・とは言わない。
いや、本音を言うとそうしてくれると助かるんだが・・・じゃなくてだな、どんなに時間がかかってもいい。
少しずつでも、自分の気持ちに余裕ができたときにでも俺のことを見てくれれば、それでいい。
しつこくて悪いが、変な病気にかかったとでも思って諦めてくれ」


どんな形であれ、もう仁科を手放すつもりはない。好きな子を自分の知らないところで一人で泣かせるつもりは毛頭ない。
どうしても泣かなければならないのであれば・・・せめて真鍋の腕の中で泣いてほしい。


「病気・・・ですか・・・」

その例えに呆気にとられる仁科。

「病気が嫌なら、悪霊とでも言っておこうか?それとも・・・ストーカーの方がいいか?」

さすがにいくら真鍋でも仁科にストーカー扱いされれば傷つくが。

「な・・・何で物騒な例えしか出てこないんですか」

「やっと笑ったな」

久々に見た仁科の笑顔に真鍋の肩の力が抜けた。やはり仁科は笑っている顔のほうが格好いい。

「そりゃ笑いますよ。そんなところで変な例えしか出ないんですから。ここって一応シリアスな場面ですよね」

「あぁ、非常に申し訳ないんだが、俺はいたってシリアスだ。残念だが同じ男口説くのにギャグなんか言ってられない」

今度は盛大に吹いた。真面目な告白をしているのに笑われるというには釈然としない部分がある。
ただ、『シリアス』という言葉が会話で出てくる時点でおかしいのだから、これは仕方のないことかもしれない。


「・・・って、笑いすぎだろう」

「いや、真鍋さんって本当にモノ好きだと思って」

真面目な告白をしているのに『モノ好き』というのはどうなのだろうか?

「モノ好きで悪かったな」

・・・どうかとは思うのだが、『はいそうですか』とここで引き下がるわけにもいかない。真鍋も半分以上自棄だ。

「ったく、真鍋さんなら相手に困らないじゃないですか」

仁科が何度か口にする言葉。『真鍋なら相手は腐るほどいるはずなのに、なぜ仁科でなければいけないのか?』と少年は思っているのだろう。
人は理屈で好きになるわけではないのだが、それだけではダメだろう。仁科のどういうところを好きになったのかを教えてあげなければならないような気がした。


「確かに、俺は遊ぶ相手には困らない。まぁ、残念ながら最近はそこまで遊んでいるわけでもないが。
だが、付き合う相手は誰でもいいというわけではない。俺が好きなのは・・・仁科、お前だけなんだよ」


どんなに性格は悪くても、真鍋だって人間だ。全く人を好きになったことがないわけではない。
ただ、根本的に彼は去る者は追わない性格で、どんなことをしてでも手に入れたいと思った相手は仁科が初めてなのだ。


「その、俺なんかのどこがいいんですか?だって、ハッキリ言って初対面は最悪でしたよ?ゲロ吐きまくってたし」

後から考えてみると、真夏の夜の大事件である。

「そうだな。最初は何だこいつはと思った。思えば出来心で持ち帰ったのがいけなかったんだな・・・」

しみじみとその時のことを思い出す。あの行為は持ち帰って何かしようという打算や、彼の中に存在するかどうか分からない良心に基づいて行われたものではない。本当にあのときはただの気まぐれだったのだ。
倒れている美少年に一目ぼれ・・・というのであればまだ格好がつくが、残念ながら拾った当時はそれどころではなかった。


「そうですよ。今だから言いますけど、俺自棄になって知らない男と寝たんじゃないかと・・・と思ったくらいです。それなのに何もなかったし、おまけに食事まで奢ってもらったし。考えてみたら不思議なことじゃないですか」

確かに始まりはあまり良いものではない。別に運命的な出会いをしたわけでも(悪運ではあるかもしれないが)、ドラマにありがちな出会いをしたわけでもない。
それでも、今こうして一人の少年に心を奪われているのだから、縁とは不思議なものである。


「不思議か・・・そういや俺『ケダモノ』とか言われてたな。そう考えてみたら不思議に思うのも仕方ないかもしれないが」

「あ、あれは・・・」

「ま、それもいい思い出だ・・・と過去形にするつもりはないんだけどな」

『話がそれたな』苦笑いしながら真鍋は続ける。

「最初はとんだ厄介を背負ったかと思ったが、お前と会うたびに放っておけないと思うようになったよ。
こっちとしてはもっと頼ってほしいと思うのに、周りに頼らず自分独りですべて解決しようと思ってるからな。
傍から見ているとかなりハラハラするが・・・そんな生真面目さが俺は好きだな。それは少なくとも俺が持っていない部分だ。
独りの人間のことを想い続ける一途さも悪くはないも思うし・・・それを俺の方に向けてくれると非常にうれしいが・・・まぁ、その辺は割り切って考えることにしようか」


呆然と真鍋を見ている仁科のことは気にせず、真鍋は続ける。

「お前もすでに分かっていると思うが、俺は何らかのきっかけはあったとしても、人を愛することに理由は要らないと思う。
だが、後付けすることならいくらでもできる。お前のその顔、俺は好きだからな。残念だが、佑くんを見ても俺は別に何とも思わなかった。そりゃ、あの子はなんだかんだいって可愛いが」


真鍋の口から佑の褒め言葉が出る。それ自体かなり珍しいことだ。なお、仁科があまりうれしくなさそうな顔をするので(その理由まではわからないが)、不自然にならない程度に弁解はしておく。

「まぁ、可愛いが・・・それだけだ。月並みで申し訳ないが、まさかマンガみたいなことをいうことになるとは思わなかったが、俺は男だからお前を好きになったわけじゃない。仁科だからこそ、好きになったわけだ。好きになった男の顔も好きになるのは当然だろう。
で、好きになってしまった男には、悲しんだ顔をするより、嬉しそうだったり、楽しそうな顔をしていてほしいし、俺自身がお前の笑顔を見ていたいんだ。ったく、本来俺はそんなことを思うキャラじゃないんだ。だが、最近どんどんおかしくなっていく気がするんだ。普段は冷血動物とか、悪魔とか言われるんだ。
そんな俺を仁科は変えてくれたんだよ・・・」






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