Memory〜Page Three-3〜

「温泉・・・旅行ですか?」

「そうよ。紅葉もきれいだし、瑞樹も3歳になったから、そろそろ行っても大丈夫かなって」

「そうですね。行ってらっしゃい〜」

「博美くんも行くのよ」

な、何だって?僕も一緒に行くの?そりゃ嬉しいけど、その間万が一先輩から連絡があったらと思うと。そのとき僕がいないと、先輩がほんの少しかわいそうだ。それに、僕が一緒に行ってもいいのかなという問題もあるし・・・。ついでに、忘れそうだけど僕もまだ学生だから。

「だって、博美くんがいないと瑞樹を風呂に入れてあげられないじゃない」

どうやら僕は考えすぎだったらしく、どうやらそういう単純な問題だったらしい。まぁ、僕に反対の理由があるはずがなかった。





「ほんと、紅葉がきれいだ・・・」

「そうね、秋って感じがするわね」

その場のノリの様に見えて、実は結構前から予定を立てていた。僕のほうが本業があって、どうしても土日・祝の3連休にせざるを得ず、かなり早くから予定を立てていたのだった・・・って!

「何で律子さんがここに!いくら混浴だとは言え・・・」

「え、博美くん、女の裸に興味ないでしょ?あ、この楓、可愛い。何か瑞樹の手みたい・・・」

いくら僕がそっちの人間だからって。今まで好きな人が達樹先輩しかいなかっただけで、もともとそういう人間じゃなく、どっちかというとバイというやつだから、女体に興味がないわけじゃないんだけどね。男と認識されていない僕は少しショック。ぶつぶつと愚痴を言いながら僕は目の前にひらひらと舞い降りた小さな手のようなそれをすくい上げた。それは瑞樹が生まれたときの小さな小さな手にそっくりだった。

「そうだね。昔の人はこれを蛙の手に見たてたみたいだ・・・」

「カエルの手で楓・・・何ともいいがたいわね。でも・・・キレイね」

「本当に・・・。瑞樹も喜んでる・・・。律子さん、本当にありがとう・・・」

「いいのよ。博美くんは日ごろから働きすぎなのよ。たまには休まないと・・・。ほら、瑞樹もそう言ってる、ねー」

「ねー」

親子そろって首を縦に振ってる。さすがだ。つい僕も吹き出してしまった。せっかくいただいた好意だ。僕はありがたく受け取ることにした。





「やっぱりいい温泉だけあって料理がおいしいねぇ」

そう、彼女の言うとおり、山の幸がふんだんに盛り付けられ、しかも僕らは特別コースを選ばなかったから、飽きることなく夕食が楽しめた。生臭いかと思った川魚も、新鮮であるせいか、特有の臭みも無く、本当においしかった。でもおいしかったのはこの面子で食べたからだろう。ちなみに、瑞樹には旅館が配慮してくれて、小さい子が食べられるように骨を抜いておいてくれたり、薄い味付けにしてくれたりした。旅先ではこういう心遣いが嬉しい。本当に心が暖かくなる。

「そうですね。でも、こういうところで食べるからおいしいんでしょうね・・・」

恐らく窓の外から椛や楓が共に競うようにして舞うのを観ながら食べるからおいしいんだろう。同じ食材を同じ人が自宅でやっても、こんなおいしさを作り出すことは出来ないかもしれない。

「博美くん、あの人と行きたかった?」

「いえ。あの人と行ってもなんか疲れるような気がして・・・」

確かに行きたいと思った時期もあったけど、それは秘密にしておいた。

「分かる分かる。あの人、気にいった子にはかなり強引だからね・・・。ひょっとしたら今頃達樹くん、寂しさのあまり干からびてるかもね」

達樹先輩が寂しい?いくらなんでもそれは無いでしょ。僕も最近は開き直って麻生家の母親として先輩をビシバシしごくようになったから、僕がいない間羽を伸ばしているに違いない。まぁ、育児疲労は起こしているかもしれないけど。

「達樹くん、本当は甘えたなのよね。向けられる好意には結構貪欲でね。あの時も本当は帰ってくることを見越して言ったみたいね。でも、あなたは帰ってこなかった。その落ち込みぶりは半端じゃなかったね。あの時の泣きそうな顔、見せてやりたかったわ」

「そんなにすごかったんですか?」

僕と先輩の関係が円満になったかというと、必ずしもそうではない。僕が子供たちの母親になると決めてからは、男二人が親というのもちょっとアレかと思ったので、子供たちにはちょっと母親というものを知ってほしかったので、女言葉も使うようになった。それを先輩は気に入らないらしく、気持ち悪いとか、しょっちゅう出て行けとか、人の心をえぐることを平気で言う。僕も勢いで出て行くことが多いから、あの人が寂しがると言われても、実感がわかないのである。

「えぇ。真っ青な顔して、がたがた震えて、今すぐ迎えに行くって飛び出そうとして。もちろん私が止めたんだけどね。達樹くんの彼女は私だったから」

「ははは、止めてくれたのは本当に感謝してますよ。しかし・・・瑞樹も先輩の子なんですよね」

先輩と瑞樹は、全く似ていない。律子さん似だ。瑞樹は本当にいい子でやさしくて。

「似てないでしょう。どっちかというと博美くんに似てるわね。この優しそうな目が・・・」

「そういってもらえると嬉しいですねぇ。瑞樹、おいしい?」

「おいしー」

3歳になると、だいぶ言葉がしゃべれるようになる。もっと広い世界を見せれば、もっとしゃべる言葉も増える。色々な景色を見せれば、もっと心も豊かになる。僕は瑞樹が健やかに育ってくれればそれでいいけど、瑞樹には色々と思い出を積み重ねて、立派な大人になって欲しい。

でも、実のところは、僕が瑞樹との想い出を作りたいだけなのかもしれない。自分を慕ってくれるこの天使との想い出を出来るだけ多く積み重ねたいのかもしれない。でも、それがずっと瑞樹のそばにいた人間の気持ちなんだ。僕は出来る限り瑞樹と、そして律子さんとアルバムのページを増やしていきたい・・・。



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