Memory〜Page Three-4〜

「博美さん、みんな風呂出ちゃったよ?」

あぁ、温泉につかっていたせいか、僕も律子さんや瑞樹との想い出に浸ってしまって時の流れをすっかり忘れていた。本当に、何分入っていたんだろうね。時間的には数十分程度なんだろうけど、僕にはそれが数年のようにも感じられた・・・。

「いや、昔の瑞樹くんも可愛かったと思ってね」

「か、可愛いって・・・」

瑞樹はしどろもどろになりながら何か言い返そうとしている。湯にのぼせたせいで真っ赤になっているんじゃないことくらい、僕だって分かってるよ。照れていたり、恥ずかしがったりしているのである。そういうところが可愛い、と言うと、怒るかも知れないのであえて言わないけど。

「今の瑞樹も充分可愛いよ。瑞樹・・・愛してる・・・」

「ちょ、ちょっと真顔で口説かないでよ!」

「じゃぁ、オネエならいいのね?瑞樹ちゃん、大好きよん」

その瞬間、斜め後方より下駄が飛んでくるのが分かる。目の前の瑞樹に目を奪われた結果反応速度が鈍り、悔しいことに直撃してしまった。

「変態!瑞樹から離れろ!」

「はいはい。じゃ、大地くん、瑞樹ちゃんをエスコートしてやって」

僕があっさり明け渡すとは思わなかったのだろう。大地くんが僕を警戒している。でも、僕もたまには昔の想い出に浸りたいんだよね。僕はそれからのんびりと温泉の湯と、遠い昔の思い出につかった・・・。





「どうした?いつもは瑞樹を側において放さないのに」

やはり温泉宿で食べるご飯はおいしい。数年前行ったときは、秋だったけど、今回は春だったので、それとは違う山の幸を楽しめた。ちょうどこの辺ではたけのこが取れる時期らしく、たけのこご飯、そしておひたしにされた山菜が美味しかった。その夕食を食べ終え、瑞樹たちは部屋でごろごろとしているだろう。僕と先輩は周辺に夜桜見物をしに行っている。先輩に誘われたのだ。

「こうして二人だけでいるのも、かなり久しぶりですね・・・」

僕は彼にぴったりとくっつくという、先輩に振られてからは絶対やらなかったことをしてみた。先輩はあっけにとられている。でも、すぐにそれは暖かい笑みになる。この笑みで僕はクラッときちゃったんだよね。

「本当に、久しぶりだな。あれからお前は俺にまったく触れなくなったからな。こうしていることを不思議に思ってるよ」

「僕もこうして女癖の悪い先輩とこうやって歩いていること自体不思議に思っていますよ。二度とこんな日は来ないと思いましたから」

「・・・男はお前一人だけだろう?」

「僕はその言葉に何年も騙され続けたんですよね。そのたびに傷ついて、先輩を憎んで、呪って、殺そうかと思って・・・あのころは本当に若かった・・・」

「本当に悪かった。でもな、実を言うとここまで長く続いたのは、お前しかいないんだ。まぁ、俺はとてもモテるから女のほうから寄ってくるんだけどな、けどな、本当に引き留めたのはお前だけなんだ」

「えぇ、あなたの作り物の優しさに惹かれていく人が多いんですよね。僕もそんな一人でしたから。彼女らの気持ち、分かります。それにしては『気持ち悪い』とか『出て行け』とかいう言葉が多かった気がしますが?」

「う。すまない。つい俺の癖で・・・」

「ま、仕方ないので許してあげましょう」

「ありがとな。博美・・・愛してる」

彼は僕に口付けてきた。これが数年以上の昔だったら僕も心臓が跳ね上がっただろうけど、今はそれをされても落ち着いた気持ちでいられる。一応僕は無視をしておいた。もっと前にしてくれればよかったのに。

「無視をするなんてひどいぞ。こんなにも愛してるのに」

「はいはい、ありがとうございます。僕も愛してますからね」

そんな先輩が可愛く見えたのは、秘密の話である。

「それにしても、桜がきれいです・・・」

「それも、悪かったな。瑞樹と二人で行きたかったんだろう?」

別に拗ねた様子は見られなかった。

「勿論ですよ。でも、瑞樹にとっては最初の『家族』旅行です。連れは多いほうがいいでしょう。まぁ、仕方ないんで二人での旅行はまた今度の機会にしますよ」

「それがいつのことになるかだな」

本当にいつのことになるんだろうね。僕は苦笑するしかなかった。これから瑞樹と二人きりになろうとすると、先輩だけでなく、三人の息子も邪魔に入る可能性がほぼ確実だ。みんな瑞樹を気に入っているからね。

でも、それが分かっていても僕は負ける気がしない。僕と瑞樹の邪魔をする奴は、迎え撃つのみである。まぁ、そこまで闘争心があふれているわけじゃないけどね。これが赤の他人だったらもっと血生臭い戦いをするんだろうけど、家族でやるのならそのバトルもある種の楽しみになりそうだ。隣では先輩が身震いをしていたけど、僕はこれから起こるであろう楽しい毎日に心が躍るのであった。



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