Chaotic Lilies
目の前の光景に俺、水谷樹はショックを隠せなかった。何がショックかというと、目の前で恋人がチョコを貰って大喜びをしていたことだ。
ちなみに、恋人の名前は緋村皐月といい、こいつは男である・・・念のため。
なお、男の恋人が男であること・・・つまり、ホモっちゅーことはここではあまり重要ではない。世間がどういう目で見ようと、そういう関係になってしまった事実を変えることはできない。
男子たるもの、バレンタインにチョコを貰えば浮かれてしまうのは本能だといえる。これは同じ男の俺も理解はできる。
見逃すわけにはいかないのは、俺の目の前でチョコを手にして嬉しがっている・・・ということだ。しかも、俺以外のチョコに対して、だ。
一応誤解のないように言っておくと、緋村がチョコを貰ったという事実に腹を立てているわけではない。奴はモテる。
綺麗な顔立ちだが、女々しさはまったくない。悪ノリ大好きで、竹を割りすぎて家具屋のお嬢様すらも真っ二つにしてしまいそうな人柄・・・もてない方がおかしい。
だから、バレンタインチョコを貰うことくらい、想定済みだ。そんなことで一々ムカつくのは疲れる。だが、俺がチョコをやろうとしたときにこのありさまだ。何も思わないわけがない。
そんなわけで、普段は心の広い俺でもさすがに今日ばかりは見過ごすわけにはいかない。かなり殺気をまき散らしていたのだが・・・緋村もそれに気づいたのかどうか。
「お、水谷。お前はチョコ何個もらったんだ?」
などと、人の神経を逆なでる言葉を平気で言ってくれる。
「デリカシーのないことを言うのはこの口か!」
反撃に緋村の口の端を思いっきりひねってやる。
周囲からは『痴話げんかだ!』だの『嫉妬だ』だのいろいろな言葉が飛び交うが、そんなことは気にしない。
「はひはひほひはいへんはよ」
翻訳すると『何焼きもち焼いてんだよ』
「そりゃ、俺の目の前でそんなことしてたら腹も立つわな」
「ったく、男の嫉妬はみっともないぞ?」
俺が何で機嫌が悪いか、やっと気づいたようだ。で、それを知りながらあえてこんな発言をするのが緋村という男なのだ。
そういうところも好きなんだよな・・・そう思う俺はマゾなのだろうか。
「悪かったな、嫉妬深くて。俺はこんなにもお前のことを愛してるのに、お前ときたら俺以外の奴からもらったチョコで喜んでるんだから。せめて喜ぶのであれば、俺がやった後にしろ」
・・・と、怒る理由を明確にしてやったら、緋村が硬直した。
「あれ?俺にもうくれたんじゃなかったの?」
机の上にあるチョコを指差し、俺に問いかける。
「何で俺がすでにあげたと思ったんだ?」
「ほら、お前見かけによらず乙女だろ?だから、俺に見つからないようにこっそりと置いたのかと思ったんだよ」
「俺がそんなことすると思うか?」
「あぁ、お前なら絶対するね」
見事に即答される。俺のことを知り尽くしている彼だからこそできることだ。
「こんなイベントにお前が食いつかないわけがない。さすがに『同じ男から貰ってもうれしくないだろうから、誰があげたのか分からないように細工した』みたいな殊勝なマネをするとは思えないけどな。
でも、『面白いから』という理由で何らかの細工をしているはずだ・・・違うか?」
ここまで推測して、それで尚且つ俺の反応までも想定している。さすが、俺の恋人だ。
そこまで期待されている以上は俺もその期待にこたえてやらなければならない・・・ちょっと悔しいが。
「違わないな。ちなみに、その中のどれが俺からのチョコだかわかるか?」
ふむ・・・彼は卓上のチョコを物色した。つまり、それだけ彼がもらっているということだ。モテナイ奴らが殺気をまき散らしているが、そんなのは俺らに関係ない。
「ふふ・・・わかった。この中にお前のは・・・やっぱりないな」
「ちっ、ばれたか」
当然、俺はこっそり仕込む真似はしない。する必要がない。
いや、シチュエーション的にしたいのは本音で、実は計画もしていたのだが、仕込もうとしてうっかり忘れた・・・これが真相だ。
つまり、悔しいのは緋村のペースにはまったからではなく、小細工をしそこなったことにある。もちろん、そんなことを教えてやるつもりはない。
「お前特有のファンシー臭がしないからな。で、本物はちゃんと用意してあるんだろ?」
「もちろんだ」
と言って俺が出したのは・・・。
「ム、麦チョコですか・・・」
俺らのやり取りを見ていた連中のうちの誰かが唖然としながら口に出した。
「水谷、いくらなんでもそれはないだろう」
モブBが非難する。とっても美味しい麦チョコをけなす奴は、麦チョコを食えずに死ぬがいい。
「ふむ・・・お得意のメルヘーンではないのが意外だったが、チョコだけにちょこっと・・・という使い古しのネタを使いたいわけですな。寒いプレゼントを有難う」
肝心のもらい主だけが納得した様子を見せる。
「でも、ちょっと寒すぎかな」
残念ながら及第点はくれなかったらしい。ま、彼の期待していたであろう手の込んだ仕掛けでないから仕方ないか・・・俺は点数稼ぎに珍しく自分から緋村に抱きついてみる。
基本的に抱きつくのは緋村が先なのだ。で、俺が『仕方ない』と言って許してやるのがいつものパターン。
ちなみに、俺はスキンシップが苦手というわけではない。というか、好きで好きで仕方がない。
「お、お前から抱きついてくるのって珍しい」
ちなみに、ベタベタするのが好きなのに抱きつかないのは気がつけばそういう役割になってしまったからだ。別に恥ずかしいからではない。
「いいじゃないか、寒いんだろ?だったら・・・温めてやる」
「あちゃー・・・。チョコ、溶けるかもしれないな」
「かまわない。せっかくだからチョコだけでなく、お前の心も溶かしてやる」
途端、教室が凍り付いた。俺たちのやり取りに撃沈した連中が出てきたらしい。ただひとり笑い転げていたのは・・・緋村。
「その甘ったるい声で言うな、タラシめが。お前、俺がどれだけお前にメロメロなのか知ってるだろ。さらに俺を腰砕けにする気か。
てか、俺に文句言ってばかりだけど、実はお前も腐るほどチョコを貰ってるんだろ?」
「うふふ・・・」
「何だ、その妙な笑いは」
「残念だが、丁重にお断りした」
緋村が嫌というほどもてるように、俺もモテる。だから、今日みたいな日にターゲットにならないはずがない。
だが・・・自分で言うのも何だが、俺は乙女だ。やっぱりチョコは好きな人からほしい。
とはいえ、肝心の俺の好きな奴は妙にシビアなところがある。『そんなお菓子メーカーの策謀に乗る必要はない』と、チョコを用意するようなことはしないだろう。
「何だ、お前・・・もらってるのかと思ったぞ」
「いや、お前がいるのにもらうのも失礼かと思ってな。畜生、おいしそうなチョコもあったのに・・・と、いうことで、今年の収穫は無し。だからお前が俺にくれるんだろ?」
「分かってると思うが、俺チョコ用意してないぞ」
だろうな。こいつは俺がほしがっていることを分かっていて、あえて用意しない。
だが、俺もそれで大人しく引っ込むつもりはない。緋村が俺で遊びたいように、俺だって緋村をおもちゃにしたい。
そんなわけでこのコテコテのイベントにどうにかして奴を巻き込む・・・それが天から俺に課された使命なのだ。
「あぁ・・・分かってる。言ってみただけだ。悔しいが、それがお前だもんな」
ちょっとだけ引いてみるのも重要なポイント。押すだけで動くほど彼は単純な男ではない。
「ま、今年は諦めてやる。だが、来年はこうはいかないぞ。どうしても俺にあげたくなるように仕向けてやる。
『水谷、その・・・受け取ってほしいんだけど』ともじもじしながら渡させてやる」
「お前、こういうのには燃えるからなぁ・・・怖い怖い。となると、次はアレか。やっぱお返ししないとダメ?」
「当然だ。食い物の恨みは恐ろしいことくらい知ってるだろうが」
残念ながら俺は『お返しなどいらない』といえるほど立派な性格の持ち主ではないのだ。
「仕方ない。こういうときの相場って3倍返しだったよな・・・覚悟しとけよ」
ノリのいい男は助かる。普段はイベントに頓着しなくても、自分が楽しそうだと思えば動く。宣言した以上緋村は相当手の込んだことをするはずだ。
どんなサプライズを見せてくれるか・・・それを考えるだけで薄気味悪い笑いが止まらない俺だった。
とぅ・びー・こんてぃにゅーど・・・
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