WHITE KNIGHT

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「ゆっちゃーん」


むむふ・・・とでも言いそうな、本能的に身の危機を感じるような声をかけられ、九条柚月は臨戦態勢を取る。
声の主は確認するまでもない。こんな物騒な話し方をする人間、できる人間は、彼を知る限りでは独りしかいない。




「に・・・兄さん・・・何ですか、その発酵したての果物みたいな、むやみやたらに甘ったるいヴォイスは」



「おや、お気に召さなかったかい?バナナだって硬いままよりは、少しやわらかくなったほうが風味も出て・・・」



一気に声のトーンが元に戻る。彼は趣味でオネエをやっているが、男に戻るとがらりと変わる。
どうやって声色を変えているのか・・・数年来の疑問なのだが、真相は知ってはいけないだろう。
テレビなどでよく出てくる、物まねする人みたいだ・・・そう決着することにしているのだが、それでも時々不思議に思う。


「気に入るも何も・・・不気味で仕方ありません」

実の兄、薫に吐き捨てる柚月。もともとは『外に出る』ことを望んでいた薫だったが、放棄していたはずの九条の跡を継ぐことになり・・・多少人格的にも男に戻っているようなのだが、年月をかけて熟成されて出来上がった危ない性格は、決して消えてくれない。
さらに最近は不意打ちで来る分凶悪度が増している・・・心の中で文句を言う柚月。
それでも口には出さなかったのは、薫に借りがあるからだ。


「実の兄に不気味というなんて・・・君くらいなものだね」

「事実を言ったまででしょう」

「そんなあっさり言うなんて・・・いくら僕だって傷つくよ」

軽く薫は苦笑する。そんなさまも絵になるのは、やっぱり遺伝子のなせる業か。
どうせならオカマなどやっていないでずっと素でいればいいのに、これではその美貌ももったいない・・・そう思うのだが、薫は彼なりに思うところがあって、わざとやっている様子。
口出しはあまりしないことにしている。


「で、何の用です?」

ここで薫に同情してはいけない。下手に同情しようものなら、彼の張った罠にはまることになる。
国内でもトップクラスである企業グループ、九条の面子は兄である薫より弟の柚月のほうが才能があると思っているようだが、それはあくまでも表面上の話。おそらく家族以外は本質をわかっていない。
手段を選ばない分、目的を遂行する能力に関しては、薫のほうが圧倒的に上だ。ある意味古臭い九条の家を束ねるには向いている・・・そう思っている。
だから、薫のやることにいちいち反応してはいけない・・・それは長年の経験で分かっている。


「僕がどうして欲しいかくらい分かってるんでしょ?少しくらい乗ってくれてもいいと思うけどね。
ま、あたしはそんな柚月ちゃんも愛して・・・あ、それそれ。思い出した。柚月、バレンタイン、どうするの?」




バレンタイン・・・いやな予感がする。また何か企んでいそうだ。



「兄さん、俺から欲しいんですか?」

と、ボケることを選んだ。

「そうだね。今のところは困ってはいないけど・・・柚月がくれるなら、僕は喜んで受け取るよ。たとえ『義理』でもね」

その強調に柚月のいやな予感が思い過ごしではないことを悟る。しかも薫は逃がしてくれる気はないようだ。

「でも、君はちゃんとあげる相手がいるんだろう?作るの?」

質問しておきながら『作れ』と命令しているのがよく分かり、柚月は苦笑する。実際に本命に作ってあげたら岬はどう思うか・・・想像する柚月。
その少年、瀬古岬は柚月が本気で愛する恋人だ。自分より年下で接点もなかったが、一気に恋に落ちてしまった。
もともと柚月は両刀だが、岬にはそのケはなかった。
それでも、自分を受け入れてくれるからそれなりには好かれているとは思っているが・・・こんなコテコテのイベントに対し、岬はどう思うのだろうか・・・残念ながらもらうことはあっても、あげることのなかった柚月には想像もつかない。


「岬がくれれば何も問題はないんですけどね・・・」

そうすれば自分もお返しとしてあげることができるのだ。

「まぁ、岬くんなら作りそうだねぇ、あの子結構まめだし」

薫の軽い一言に、柚月の眉が少し動く。

「兄さん、何処まで岬のことを知ってるんですか?」

「それはもう・・・ふふ、冗談。残念ながらそう感じただけ。でもまぁ、そこまで愛する人間がいるなんて・・・なんだか憎たらしいね」

うやら薫の目的は兄に全てを押し付けて恋人と遊びほうける柚月への報復にあったらしい。
理不尽さを感じないわけではないが、岬と付き合うことが出来たのも、型にはまったことが苦手な薫が家のことを引き受けてくれているからだ。
このくらいで満足するなら安いものか・・・ため息をついた柚月だった。




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