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チョコをくれた喜びのあまり、抱きついてしまう柚月。
少し怒られるかな・・・とは思っていたものの、そんなそぶりは見せなかった。
「岬・・・?」
「先輩に抱きしめられるの、久しぶりかも」
腕の中でにやける岬。それどころか、珍しく甘えるようなしぐさを見せる。
考えてみたら、岬を抱きしめるのは久しぶりだったかもしれない。
『抱く』ことは時々あるのだが、どちらかというと柚月のほうが抱きしめられていることが多い。
彼が受身だからというわけではなく、本当に大切な一人の相手に甘えているからに他ならない。
「あぁ・・・そうだな」
そんな事情だけではなく、物理的にも会う時間が限られていたため、久しぶりであることを痛感する。
「いつも俺が抱きしめられてたし。あ・・・忘れるとこだった・・・」
岬の暖かい肌が心地よくて、ずっと抱きしめていたかったのだが、今日わざわざ学校に来た用件を思い出す。
岬をはがすのは惜しかったが、そのために目的を忘れては本末転倒だ。惜しみつつも柚月は本題に移る。
「岬がくれた後で渡すのもあれなんだが・・・」
柚月もまた岬と同様小さな包みを手渡す。
「まさか、これ・・・」
「そのまさかだ。ちなみに、先に言っておくが、これは誰からもらったわけでもないからな。正真正銘俺からの・・・」
「ほ、ほんとですか?」
驚きを隠さない岬。信じていないようだが、彼も岬に対して似たようなことを思ったため、文句は言えなかった。
「見れば分かる。形が・・・かなり・・・悪いからな・・・」
苦笑する柚月。なんでも器用にこなす彼でも、これはどうしようもなかった。何度も失敗して、薫に笑われた。
愛だけで全てはカバーできないことを思い知らされる。もっとも・・・柚月の家はいわゆる『金持ち』というやつだ。
今の今まで自炊をする機会がなかったわけで、渡せるくらいに作れたことを喜ばなければいけないのだが、恋人には格好いいところを見せたい柚月。素直に喜べるはずがなかった。
「先輩のいう形がどんな形かは知らないですけど、先輩が作ってくれた・・・それだけで嬉しいです。ありがとうございます」
満面の笑みを見せる岬。それを見ているだけで柚月も幸せな気分になれる。
買ったほうが良かったかな、と学校に来るまでは少し思っていたが、喜んでくれるならいいか・・・チョコはチョコの味がするわけだし。開き直る柚月。
「そう言ってくれると助かるよ。まぁ、さすがにこれじゃアレだから、何か食べたいものがあれば買ってやるぞ」
まだ岬は口にはしていないため、口直しと言うのはおかしいかもしれないが、何か岬の好きなものを食べさせてやりたかった。
彼は基本的に好き嫌いがない。それは喜ばしいことなのだが、半面好みが把握しづらい。
ラーメン屋だろうがフランス料理だろうが、何処に連れていっても喜んではくれそうなのだが、今日ばかりは岬の意志を尊重したかった。
「そんな、別に気を遣ってくれなくても・・・先輩がくれただけで嬉しいし・・・あ、どうせだから、ひとつお願いしてもいいですか?」
お願い?岬の口からはあまり出てこない単語だった。
「出来ることなら叶えてやるぞ」
「俺、先輩とデートしたいです」
「・・・・・はい?」
「だから・・・先輩とデートしたいって言ってるんです」
『耳、悪くなったんですか?』と岬に言われたが、別に聞こえなかったわけではない。柚月の耳にはしっかりと入っている。
だが、いつもデートに誘うのは柚月のほうだ。会いたいときに出向き、本人の都合は考えずに半ば無理やり同行させているため、嬉しいと思う一方で、ベースが狂うことも事実だった。
「珍しいな、お前から誘うなんて」
と、率直な感想を口にする。
「俺が誘っちゃまずいんですか?」
「まずいどころか・・・大歓迎だ」
岬からデートに誘われたことは、決してないわけではない。
大抵は『帰りにどこか行きませんか?』というノリだった。
なお、付き合い始める前には柚月の反応に困った岬が、その場を取り繕うために『ホテルに行こう』というものもあった。そのことが今もちょっとだけ尾を引いている。
だからそんな言葉が彼の口から出たのだが、そういうわけでなく、純粋にデートしたいというのなら、これほど嬉しいことはない・・・。
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