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「で、そのまま帰ってきたんだ。馬鹿だね、柚月」


暗い表情で帰宅したのを薫に見つかり、根掘り葉掘り白状させられる。確かに馬鹿なのは自分であるため、一切反論できなかった。

「それは言わないでください」

この件に関してはそっとしておいてほしかったのだが、それを許すほど薫が優しい人間でないことは、痛いほど分かっている。

「いわない馬鹿が何処にいるんですか、柚月くん。それは君の都合でしょ。
自分の希望どおり話してくれなくなったから切れる・・・まるで小学生だね」


完全に柚月は沈黙する。岬は『薫は素のほうがいい』と言っているが、岬のことを気に入っているから優しげに振舞っているだけで、オネエではない薫もかなり厄介な人間だ。
素の状態の薫は、かなり辛らつな物言いをする場合がある。相手の弱点を的確に見つけ、そこを容赦なく責める。
ちなみに、そんな性格は結構本職で役には立っているらしい。


「それは・・・」



「まぁまぁ、そんなにいじめなくてもいいだろう」



「父さん・・・?」

後ろから来た中年に慌てて振り向く二人。父さんといわれた男、九条暁は、日本を代表する企業グループのひとつを背負う男であり、いつもは各地を転々として自宅には戻ってこないのだが、こうやっているということは、何かあったのだろうか?一気に身構える薫と柚月。

「なんだ、父親が家に帰ってきちゃいけないのか?」

そんな彼らの対応に不貞腐れる暁。それはそれで珍しいことだった。

「それは・・・」

つい最近帰ってきたのが、柚月の留学に関して文句を言いにきたときだ。二人が警戒しないはずはない。

「悪いが、お前ら二人とも俺の遺伝子を受け継いでるぞ?何ならDNA鑑定でもするといい。普段家にいなかろうが、血は争えないってやつだ」

それは、血のつながりというよりも、先ほどまでしていた柚月と薫の会話にそれなりにかかわってくる内容なのだが、ここではどうでもよいことだった。

「そうではなくて・・・普段忙しい父さんが帰ってくるんですから、何かあったんですよね?」

「あぁ、あったから帰ってきたんだ」

あっさり認める暁。これで、『男同士』の会話をしている場合ではない状況であることを確信する。



「湊にたまには家に帰れ・・・と怒られた」



確信をしたのだが・・・その答えに呆然とする二人。ちなみに、湊はかつての暁の後輩で、岬の父親でもある。
ついでに言うのなら、暁と湊は付き合っていたことがある。つまり、血は争えないというわけだ。


「そのためだけに・・・帰ってきたんですか?」

「そのためにだけ帰ってきたんだ」

その言葉に柚月の頭痛が一割り増しをする。理由がそんなものでも、状況が厄介であることには変わりはなかった。

「で、帰ってきたらなんだか大変なことが起こっているようじゃないか」

「・・・盗み聞きしたんですか?」

「盗みとは人聞きの悪い。堂々と聞こえてたぞ。ひょっとしたら真雪にも聞こえていたんじゃないか?」

それは迂闊だった・・・柚月は真っ青になる。真雪がその内容を岬に伝えるようなことはありえないだろうが、その分自分の中に溜め込んでしまいそうなのが心配だった。
心の優しい彼のことだ。何も知らなかったことにするだろう。



「ったく、柚月もお子様だな。人を愛するあまり不安になってしまうことは構わないが、恋人ってのはある程度秘密があったほうがうまくいくものなんだよ」


「そうなんですか?」

「そういうものだよ。まだまだ柚月には分からないかもしれないけどな。
まぁ・・・浮気みたいなことはさすがに良くないが、誰にだって言いたくないことの一つや二つ、あるものだ。それを察してやるのも、年上の役目なんだ。
無理に口を開かせようとしたって、しょうがない。かえって殻に閉じこもってしまうだけだ。
いくら自分に余裕がないったって、自分の気持ちを押し付けすぎ。もう少しおおらかにいこうじゃないか」


「ですが・・・」

「あのなぁ・・・年下は年上に気遣うものなんだぞ?いくら自由奔放に振舞っているようには見えても、普通の生活をしていたのなら、何かしらの神経を使ってしまうものだ。
俺みたいな年上だと結構平気でいろいろ言えるが、お前はあまり薫や俺には口答えしないだろう?」


「そうですけど・・・」

「例えば言葉遣いにも気をつけるだろうし、デートしようものなら待ち合わせに遅れないよういろいろ考えるだろう。ま、これらは人の基本だから年は関係ないかもしれないが。
ただ、今はお前にとっては結構大事な季節だ。心配させないようにそれなりに溜め込んでいることがあってもおかしくないんじゃないか。
お前だって岬くんのことは考えているんだろう?」




「つまり・・・俺が岬の・・・負担・・・なんですか・・・?」



暁の言葉に鈍器で頭を殴られた気分になる。そんな柚月にため息をつく暁。

「・・・お前って結構マイナス思考なんだな。
そういう意味ではあの子と釣り合いが取れてるみたいだが・・・そういうことを言いたいんじゃなくてな、当然付き合っていれば相手のことは大切にするんだろう?
岬くんの気持ちも尊重してやらないとな」


「父さん、いくら大切な後輩のご子息のことだからとはいえ、柚月のことを悪者にしすぎですよ。ちゃんと息子のフォローもしてあげないと」

「散々けなした後に言っても白々しいぞ。ま、それで終わるのならそれだけの関係だったということでいいじゃないか。別に男など腐るほどいるだろう」

世界の半分は・・・というわけではないが、確かに世の中を捜せば男はあふれるほどいる。
しかも、柚月からではなく、相手のほうが寄ってくるほうが多い。
しかし・・・彼が本当に愛したい存在は、岬しかいなかった。


「おや・・・それだけの関係じゃなかったというわけ。それならそんなところでじめじめする前に、やることがあるんじゃないか?」



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