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あの判断が良かったのかどうか・・・帰宅した岬は、塞ぎこんでいた。
せっかくのバレンタインなのに、気合入れてチョコ作ったのに、柚月にはあきれられてしまった。
本当だったら素直に『寂しい』といえばよかったのかもしれない。そうすれば柚月だってもう少し時間を割いてくれただろう。
だけど、中々学校に来ないとはいえ、柚月がかなり忙しいことは知っていた。引退したといえ、生徒会に呼ばれることもあるらしいし、なんと言っても受験勉強がある。
定期的に連絡はくれるものの、会える時間はあまりなかった。今日もやっと会えたのに・・・。




「とりあえずお前の言うとおりにしておいたが・・・岬、何腐ってるの?」



「親父・・・実の子供に『腐ってる』はないだろ」

先ほど柚月から電話がかかってきたが、出なかった。
携帯のスイッチを切っていたのだが、その理由が柚月と話す気分ではなかったということもあり、当然のことながら代わりに湊に出てもらった。
気まずくて会話どころではなかった。
体調を崩したことにしてもらったが、聡明な柚月は、自分の仮病に気づいているだろう。


「見たまんまを言って何が悪いのかい?どうせ柚月くんがらみだろう?」

うっ・・・当てられた岬が黙る。朝は上機嫌で出て、帰りがこうだから、察しがつかないはずはないのだが、実際に当てられると焦るものである。
柚月と岬は、双方の両親公認の仲。そう簡単にごまかせないのだ。


「だいたい、携帯持ってるのに家にかかってくるのも変といえば変だが・・・まぁ、それは譲歩しようとするか。
ただ、お前があの子からの電話に出ようとしないなんて、何かあるとしか思えないだろ、普通」




「その・・・ごめん」



「全く、俺が悪役みたいで・・・いや、悪役なんだけど、冷や冷やしたよ。
俺が先輩に負い目を感じてるのは知ってるだろう?それなのにご子息にあんなことをするなんて。
でも、喧嘩上等。したければいつでもするといい」


あははと軽く笑い流され、頭痛を覚える岬。

「人事だからって・・・」

「何言ってるんだ。喧嘩できるうちはまだいいんだよ。本当に仲悪くなると、喧嘩さえできなくなるぞ。目合わせて、口を開かないとどうしようもないからな。
これは俺の体験談だから、まず間違いはない」


うん・・・父親の言葉を素直に受け入れることにする岬。理想論を口にしているだけではない。男同士に関しても、湊は先輩だ。
自分の経験を元に話をしていて・・・聞く価値は充分にある。本当に終わっていないのだろうか。彼の言うとおり、まだ望みはあるのだろうか?もしあるのならやることはひとつ、柚月に謝ることだ。


「ほれ・・・もたもたしないで、やることはわかってるだろう?」





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岬のやるべきことは判っていた。いち早く柚月に電話をし、謝ることだ。だが、電話をかける指が重い。
理由はひとつしかない。先ほどの電話に出なかったことだ。人からの電話に出ないで、自分の電話には出て欲しいとは、身勝手な話だろう。


『はい』

「夜分にすみません。瀬古です、その・・・」

『あぁ、岬くん?ちょっと待って』

それでも息を整えながら無理やりプッシュし、震えながら待っていると、出たのは薫だった。本人がストレートで出てくれればよかったのだが・・・。
保留音など聞こえない。自分の心臓の音でかき消されてしまう。薫が保留したのだから、いないわけではないのだが、自分と同じように出なかったらどうしよう。


『もしもし』

その心配は杞憂だった。低く澄み渡った声が、受話器越しに伝わってくる。ずっと聞いてきた、自分の好きな声だ。

「瀬古です。その、先ほどはすみませんでした」

まずは謝っておくに越したことはない。今日の声は少し硬い気がするのは、決して気のせいではないだろう。

『あぁ、身体の具合はどうなのか』

こんなときにも見せる柚月の優しさに、胸が痛む岬。彼は気づいているはずなのに、岬のことを考えて話をあわせてくれているのだ。

「その・・・すみません」

『謝る必要はない。こんな季節だ。外に出れば風邪の一つや二つ、引くことだってある。気にせず、休むといい』

岬の想像とは裏腹に電話を置こうとする柚月。いつもだったら、どんなに他愛のない世間話でも付き合ってくれ、岬が切るのを待ってくれる。
それが遠まわしな柚月の拒絶であることは、岬にも分かっていた。だが、ここで置かせるわけにはいかなかった。




「待ってください!その・・・今から・・・時間いただけませんか・・・?」



慌てて柚月を引きとめようとする。

『身勝手な話だな。さっきは俺からの電話は拒絶しといて、自分の話は聞いてくださいってか。言いたいことがあるのなら、今言えばいい』

つまりは、他の誰かが聞いても構わないような話しか聞くつもりはないということだ。
明らかに柚月の声は不機嫌になっていた。それは知り合ってすぐの、冷たい印象そのものだった。
付き合うようになってからはそのような声を聞くことはほとんどなかったが、そうさせたのは自分だ、痛む胸を押さえる。




「身勝手なことくらい、分かってます。でも・・・」



このまま終わってしまうのは、嫌だった。

『・・・分かったよ。流石に外でするような話ではなさそうだ。今からいくから待ってろ』

「でも・・・先輩に足を運ばせるわけには・・・」

『今、風邪で寝込んでるんだろう?瀬古岬くん』



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