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岬が自分と話したくない・・・その事実は柚月を充分すぎるほど傷つけた。携帯のスイッチが入っていなかったのは仕方がない。バッテリ切れはよくあることだ。
だから家に電話をしてみたのだが・・・電話口から出た湊には風邪だと言われたが、それは信じていなかった。信じることが出来なかった。
帰宅した途端・・・それは決してないわけではないが、彼の心底申し訳なさそうな声色で、大方の想像はついていた。
(もう・・・終わりかもしれないな)
岬の家に行く途中、何度もその思いが頭をよぎる。本当は電話をたたききってしまおうかと思った。それだけ頭にきていた。
だが、それを出来なかったのは、結局のところ岬のことを愛しているからに他ならなかった。
もし自分から電話を切れば、彼は傷つくだろう。いくら腹が立っていても、そんな真似は出来なかった。
(会って・・・ナニを話せばいいんだよ・・・)
いつものデートとは全く違う。自分のペースで巻き込めばいいわけではない。
お互い都合の合った日に成り行きでデートし、場を設けて話すことは最近はほとんどなかったため、勝手がいまいち分からない。
(でも・・・とりあえずは会わないと)
これから先どうなるのかは分からない。それでも話さなければ何も進まない。
気が進まなかった自分をそう納得させ、柚月はドアの前に立つ。
岬の家への道は、完璧覚えた。何度も足を運んだ。
だが、ここまで気が重くなることはなかった。
「はい・・・あぁ、柚月くん」
「夜分にすみません。その・・岬くん、風邪大丈夫ですか?」
これは訪れた時間帯を考慮しての挨拶でもあったが、柚月の心配に慌てふためく湊。
やはり仮病だったか・・・それを確信する柚月だったが、湊のため息でそんな単純な問題ではなかったことを知る。
「先ほどは悪かったね。大体のことは分かってると思うけど・・・ま、風邪については大丈夫なんだが・・・もう少し厄介なことがあってね。
たぶんそれは君にしか治せないと思うから、岬のこと、頼むよ」
「そんなに具合悪いんですか?」
柚月の心配に、奥から来た岬の母、頼子が苦笑する。
「柚月くんじゃない。相変わらず・・・実際に会えば分かるわ。私たちはこれから飲みにいくから、鍵はかけといてね」
そんな大変な状況にある息子を放っておいて飲みに出かける両親に一瞬あっけに取られたが、これは彼らなりの気遣いであることに気づき、苦笑する。
わざわざ家を空けるのだ。彼らの意図が手に取るようにわかる。
(それ通りにいけばいいんだけどな・・・)
岬には『ヘタレ』といいたい放題言われている柚月だが、普段はそこまでヘタレてはいない。
なんでも卒なくこなし、生徒会においてはかなりの権力を自分の手で行使していた。当然、自分の望みは自身の手でかなえてきた。
その例外が、岬なのだ。彼に関しては自分の思い通りに動くわけではない。決してわがままな少年ではないのだが、柚月も振り回されることがかなり多い。
「岬、入るぞ」
一応はノックをする。本来だったら勝手知ったるこの家、そんな必要もないのだが、今のノックは彼の呼吸を整えるために必要なものであった。
「先輩・・・」
鍵でもかかってたら・・・そう思っていたのだが、とりあえず自分が入るのは拒否しなかった。どうやらまだ望みはあるらしい、柚月は安堵する。
「とりあえず来てはみたんだが・・・身体の調子は・・・大丈夫そうだな」
「知ってるくせに」
苦笑する岬。先ほどの電話ではかなり暗い声をしていたので、たとえ苦笑いであっても、笑ってくれたのが嬉しかった。
「まぁ、別にいい。俺は明日も学校は休みだ。勉強は一日抜かしても平気だし、特にこれといってやることはない。
自宅にいればいればでどうも落ち着かなくて・・・つまりは、お前が病気だということにして泊まりにきたわけなんだが、もしお前が一緒にいたくないというのなら、他の部屋を借りることにする。
話したいと思ったときに話してくれればいい」
柚月は焦らないことにした。いや、本心ではかなり焦ってはいるのだが、ここは恋人を信じてみようかと思う。岬ならそのうち話してくれる。そう言い聞かせている。
「別に話したくないわけじゃないんです」
「うん、分かってる」
「ただ・・・」
言いよどむ岬。柚月の固い決心もその仕草で一気に揺らいでしまう。
本当にやばい言葉が続くのではないか・・・そんな不安から、かなり冷や汗が流れる。
「とりあえず、別れ話以外なら聞く覚悟はあるぞ」
「は?別れ話?」
「ヘタレな俺と別れたいと言われても、俺にはそれを受け入れる覚悟がないということだ」
「・・・どういうことですか?」
「つまり、俺は出来た人間ではないから、好きな人が幸せなら・・・ってわけで身を引くことなどできないってこと。そんなことでもしてみろ?俺は泣くからな」
軽くおどけていったものの、半分以上本心がこもっている。
これが付き合う前の話であれば、柚月もそのとおりに出来ただろう。事実、岬にあの手この手で迫る一方で、何度も逃げ道を用意しておいた。
だが、付き合ってからはどっぷりと岬にはまり込んでいる。今更手放せということ自体が無理なのだ。
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