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「先輩の泣き顔、見てみたいかも」


「泣くからな?」柚月の言葉に軽く笑顔を見せる岬。彼が笑ってくれてよかった・・・そんなことを言っていられる状況ではなかった・・・柚月から冷や汗がだらだら流れる。
それは何か?岬は別れを望んでるということなのか?大混乱の柚月。




「ま、待て。つまりはそういうことなのか・・・?」



「そういうことって・・・」



「俺と別れたいということなのか?やっぱりヘタレは嫌か?」



「ちょっと待ってください、何で別れ話になるんですか」



『訳分からない』という顔をする岬。だが、訳が分かっていないのは柚月だって同じなのだ。考える余裕などない。

「え・・・それは・・・」

「別に俺は先輩と別れたいなんて思ってないですよ」

その言葉は嬉しくないわけではないのだが、今日一日の岬の行動を見ている限りでは素直に信じることが出来なかった。

「それにしては妙によそよしいじゃないか」

うっ・・・冷や汗をかきながら固まる。だが、柚月はこれで許すつもりは毛頭なかった。もう少し責めても罰は当たらないだろう。

「おまけに仮病を使うし。俺と話したくないと思って、これでも傷ついているんだからな。
一応俺だって人間だから、好きな奴だから何を言われても平気・・・ってわけじゃないんだ」


一気に口調が弱弱しくなる。そんな彼を見ることが出来るのは、岬くらいなものだろう。
岬は柚月の心を知っているのだろうか?いつもの道がどれだけ遠く感じたのか。
時間をくださいと言われてあまりいい話ではなかったらどうしようと思ったことを。
だが・・・別に岬だけを責めるつもりは今は持っていない。


「でも、俺も焦りすぎた部分があったんだと思う。流石に留年するわけにはいかないし、したくても出席日数が足りてるから、いずれ高校を出なければいけない。
そうするとお前とは離れ離れになってしまう。だから、俺が『先輩』としていられるうちに、もっと甘えて欲しかったのかもしれない。
そこはお前の気持ちを無視して悪いと思ってる」


自分の言いたいことは言った。あとは岬がその気になるのを待つだけだ。のんびり構える覚悟をしたところ、ポツリと口を開く。

「先輩は謝ることはないです。悪いのは俺なんです。俺が勝手に拗ねてただけだから・・・。
先輩はそう思ってるようですけど、まだ行くほうだからいいじゃないですか。俺は先輩のいない2年間を過ごさないといけないんです。そう思うと何か最近寂しくて。
でも、先輩は受験中だから中々学校にも来ないし、普段遊べるわけじゃない。だから、一緒にいれるうちにくっついていたかった・・・ただそれだけなんです。
別に先輩のことを信頼していないわけではないんです。それだけは分かってください」


すがるように言葉を紡ぐ岬を、ぎゅっと抱きしめる。岬に辛い想いをさせているのは自分だった・・・それにやっと気づいた自分が恥ずかしくなる。
別に愛情を確認したかったわけではない。岬なりのSOSだったのだ。
それを受け取ろうとせず、自分の気持ちだけを押しつけてしまい、岬を追い詰めてしまったのだ。


「本当に悪かった。俺はずっとお前に気を使わせていたんだな。それにも気づかないで、時々こんな自分が嫌になる・・・」

「先輩には心置きなく入試がんばってほしかったから」

「でも、寂しい思いをさせたら仕方ないだろう」

ぎゅっと力いっぱい抱きしめる柚月。彼には試験勉強という寂しさを紛らわせるすべがあったが、岬にはなかったのだ。
それなのに不満を口にはせずに、じっと抱え込んでいたのだ。申し訳なさで一杯になる。


「でも・・・こうやって会えたからいいです。寂しさも一気に吹き飛んじゃいましたよ」

だが、そんな気持ちを察したのだろう。柚月を気遣ってか、あはは、と軽く笑う。

「本当に・・・無理してないか?」

「先輩・・・こういうときこそ、も少し強気にいけないですかね。普段の先輩はもっと強気でしょう?俺様って感じで」

「そりゃそうだけどな・・・お前は恋人だから」

普段なら、柚月だって相手の都合なんか考えはしない。だが、岬は世界で一番大切な人だ。だからこそ、柚月も一気に弱気になる。



「ま、俺はそんな先輩も好きですけどね」



殺し文句をさらりと言ってのける岬。じーんとしつつも『やっぱり岬はタラシだな』などと思っていると・・・。



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