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「兄さんと仲直りできた?」


登校早々真雪に聞かれ、岬は慌てふためく。
当然柚月は昨日帰宅しなかったわけだから、真雪が心配しないわけがないのだが、自分がかつて好きだった相手に聞かれると、複雑な気持ちになる。




「まぁ・・・なんとかね」



だから岬も苦笑いして答えることしか出来ない。

「そう。よかった」

「良かったってねぇ・・・」

心底安心したようにつぶやく真雪に、即不満そうに返す。幾らなんでもそれはあんまりではないか。
確かに仲直りできたことはいいのだ。正直もう終わったんじゃないかとすら思っていたのだから。だからこれは喜ぶべきなのだ。
真雪だって純粋に心配してくれているので、その気持ちだけでも頂いておくべきなのだが・・・。


「なーんか振られた相手に言われると、嬉しいと思えない部分があるんですけど」

と、岬が文句を言ってしまうのも仕方がないといえば仕方のないことだろう。
ただ、もともと男が嫌い・・・まぁ、今もそんなには好きではないようだが、そんな真雪に対して言えるのだから、彼に対してわだかまりは抱いていないということも事実ではある。


「それは・・・仕方ないでしょう。瀬古くんが僕のことを好きじゃないんだから」

「いや、好きか嫌いかと言われると、今でも好きなんですけど」

それもまた岬の本音だった。柚月が知れば焼餅で怒り狂うかもしれないが―実際に彼は同じクラスの真雪にやきもちを焼くことがちらほらある―真雪のことを大切な友達だと思っていることは、失恋してからも変わらなかった。

「ま、それはお友達としての好きだからね」

「真雪くんもそれが希望だったじゃないか」

と、男同士の話題がタブーだった真雪にそんな話が出来るほど彼らの仲はそれなりに良くはあるのだが・・・。

「ま、それはね。ごめん・・・としかいえないかな」

これ以上真雪を困らせたくなかったので、岬も追及はやめておいた。

「話を元に戻すけど、兄さんってば帰ってからかなり沈み込んでたんだから」

どうやらあれから柚月は相当落ち込んでいたらしい。今から考えると心当たりはあるが、別れたときはかなり不機嫌だった様子ではあったけれども。
とはいえ、原因を作ってしまったのが、ほかならぬ自分であるわけで、結果的には真雪にも心配をかけることになってしまったわけだから、かなり申し訳なさを感じる。


「結局兄さんには瀬古くんしかいないんだよね。だから瀬古くんのことであれこれ考えるのも当然だと思う。
あの人のペースって変な意味でマイペースだけど・・・やっぱり僕にとっても大切な兄さんだし・・・こういうことを言うのも変かもしれないけど、兄さんと瀬古くんには仲良くして欲しいんだよね」


先ほどとは打って変わって笑いのなくなった口調で、真雪が自分のことを大切な友達だと思ってくれていることを察する。
そして、それと同じように柚月のことを本当に大切な兄だと思っているのだろう。


「柚月先輩のことが大好きなんだね」

「それは、ね。僕の大切な家族だから。でも・・・最近なんか僕を敵視しているような気もするんだけど・・・」

ちょっぴり悲しそうな顔をする真雪。その原因は痛いほど分かっている。岬と一緒のクラスだからだ。
いつも一緒にいる・・・と、何度か柚月が愚痴を言っていたことがある。付き合う以前も『無条件で愛される真雪』に妬いていた。


「ま・・・それは僕が瀬古くんと一緒にいるからだってことは分かってるんだけど・・・ね。それより瀬古くんは高校でたらどうするの?」

「どうするって?」

「兄さんが海外に行かないでしょ?どうも独り暮らしするみたいで・・・」

「へ?独り暮らし?」

何気ない真雪の言葉に一気に固まる岬。それだけ衝撃だった。

「・・・兄さんから聞いてない?てっきり・・・」

もちろんそんなことは聞いていない。どう考えても初耳だった。初耳でなかったらすでに問い詰めている。
そんな岬の狼狽振りに、真雪も真っ青となる。柚月が岬には何でも話しているとでも思っているのだろう。
だが、柚月は何でも話すわけではない。結構岬に隠していることだってある。勝手に留学を決めた時だってそうだった。
まぁ、それは付き合う前の話だったから仕方ないとしても、今は付き合っているのだから、少しは相談してくれてもいいではないか。


「もちろん、聞いてません」

急に不機嫌になる岬に、真雪が困っているのがよく分かる。もともと人と接するのが苦手な彼のことだから仕方ないのだが・・・。

「その・・・あくまでも考えているだけのことだから・・・まだ部屋だって借りていないみたいだし・・・考え変えるかもしれないから・・・ね・・・?」

慌てて真雪がフォローを入れる。兄想いの弟には悪いのだが・・・本気で柚月をとっちめないと気が済まなくなった。



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