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「薫さんのことですか?」


柚月の独り暮らしの理由は彼自身にあると思っていたが、薫にもその原因があるようで、単純な問題ではないことを察知する岬。

「そ。僕が九条を継ぐことは君も知ってるよね」

その言葉で岬も柚月の独り暮らしの本当の理由を悟ったようだ。

「そうなると、柚月の存在が邪魔になるってわけだ」

「でも・・・先輩は継がないことをはっきりと・・・」

柚月は岬と交際する際に、九条の跡継ぎにはならないことを断言した・・・というよりも、薫が柚月の重しを背負って、名実ともに後継者になることを決めた。
もともと長兄が当主になるのは当然なのかもしれないが、柚月は類まれなる逸材だったため、薫よりも上に立つのがふさわしいと言われ続けていた。
それが薫に決まったからといってすぐ変わるわけではない。だから、柚月が一緒に住んでいると、薫に迷惑をかけてしまう可能性が高いのだ。


「まぁ、そこは大人の事情ってやつだね。柚月が望んでいなくても、周りが担ぐ可能性はある。当然僕につく人もいるはずだから、そうなると、とんでもない争いが起こる可能性はあるね。

ま、僕はどっちでもいいんだけど」


「だからです。兄さんもそこのところは分かってるんでしょう。だったら・・・」

一族がトップを勤めるのなら、後継者は二人いないほうがいい。そのほうが後々の争いを避けることになる。
些細な身内の争いがどんどん大きくなり、そのうち会社を内部から崩壊させることもある。それは柚月の望みではない。


「それとこれとは話は別だよ、柚月。遠くの大学に行くのならまだしも、実家から通える距離だ。いくら君が家賃を一部払うとしても、勿体ないだろう」

「勿体ない・・・ですか・・・」

黙ってやり取りを聞いていた岬が苦笑する。九条みたいな『お金持ち』から勿体ないという言葉が出るのが意外だったのだろう。

「そうでしょう。アパートは家賃だってかかるし、水道光熱費だって馬鹿にならない。実家からなら交通費はかかるけど・・・ちなみに岬君、誤解の無いように言っておくけど、金を持っているのは親だからね?」

ははは・・・心中を当てられた岬は苦笑するしかなかった。なお、金持ちだからといって金を無駄に使うわけではない。
そんなことをするのはいわゆる『ボンボン』だ。苦労を知らずに育ったから、お金のありがたみが解らない。
そんな意味では柚月も薫も対象内ではあるのだが、実際のところは、むやみやたらにお金を使った経験は無い。


「まぁ・・・確かにそうですけど・・・」



「それに・・・柚月が出て行ったら、やっぱり寂しいじゃない」



それが本音だったようだ。ぽつんと真顔で言われた一言に反論の言葉が出なくなる。どうしたものか・・・言葉を考えていたところ、岬が口を開く。



「真雪くんも寂しがると思いますよ」



「うっ」



「薫さんは仕事なんですよね。そうすると真雪くんは家に帰っても一人ぼっち・・・」



「そ、それはっ」



なおも柚月を追い詰めようとしたが、寂しいと最初に言った薫に止められる。

「いいよ、岬君。柚月、もし君がちゃんと自分自身で考えて結論だしたのなら、僕は何も言わない。寂しいけれど君の決定を尊重する。
だけど、それが僕に対する気遣いだったら勘弁してほしい。そんなのありがたくも何とも無い。同じ気遣ってくれるのなら・・・一緒に暮らしてくれたほうが嬉しいよ」




「兄さん・・・」



「それは・・・僕も同じかな。兄さんがいないのは・・・寂しいよ・・・」



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