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家に押しかけたのは岬だったが、どうやら真雪も一緒にいたらしい。
彼が独り暮らしをすることをしゃべったのも、おそらく・・・そんな寂しさがあったのだろう。


「兄さんは僕にとってずっと憧れの人だったから。ちょっとでも近づきたかった。
あんなことがあって、兄さん傷つけて、もうだめかな・・・と思ったけど、最近兄さんがやっと笑ってくれて・・・」




「俺・・・そんなに笑ってなかったか?」



柚月自体はあまり笑う人間ではない。別に感情の起伏が無いわけではないのだが、普段は営業用だということは、本人も自覚している。
ただ、真雪がそれを気にしているほどとまでは思っていなかったのだ。


「うん・・・。いつも険しい顔ばかりしていて。でも、最近・・・瀬古くんと知り合ったころからかな?
少しずつ笑うようになって、僕に話しかけてくれるようになって、嬉しかったんだ。まぁ・・・いつも瀬古くんの話題ばかりであれだったけど・・・」


中々見せなかった真雪の本音だった。真雪はたいていのことは自分の中に閉じ込めてしまう。
兄に苦労をかけまいとしていることがよく分かる。後から来たことを気にしているのだろうか。
それとも、柚月のほうが壁を作っていたからなのだろうか。答えは、両方なのかもしれない。嫌われることを恐れて・・・。


「だから・・・ホントは、兄さんの決めることだから、僕がこんなことを言ってはいけないことくらい、わかってる。
でも・・・できればもうちょっと僕の兄さんでもあってほしい・・・です」




「ここで俺がわがまま言ったら、悪者になるんですかね」



状況は圧倒的に不利だった。三対一だ。以前の柚月だったらそのくらいは恐れもしなかっただろうが、残念ながら今はそこで我を通すほど冷徹になれない。
策士の兄はともかく、可愛い弟と恋人にお願いされて心が動かないはずが無い。


「いや、あくまでも決定するのは君だけどね」

それでも自分にかかる圧力が消えなくて・・・覚悟を決める柚月。

「また父さんに怒られるのか・・・」

通う大学は近場に決まっているが、その前はかなりすったもんだがあった。
もともとはアメリカに行くはずが、柚月のわがままでそれを取りやめ、さらに同じくわがままで留学しようなどと、ころころ変えたせいで、滅多にそろわない両親がそろってしまったくらいだ。
そんな前科もちの彼だから、おとなしく前言を撤回できないのだ。


「ま、大丈夫でしょう。別に部屋を借りたわけじゃないんだし」

『確かに』渋々と柚月も納得する。あくまでも暁には独り暮らしをしたいと言って、それを許してもらっただけで、不動産など何か手続きをしたわけではない。別に面倒が起こるわけではないのだ。しかも・・・

「こんな優柔不断な男が人の上に立つなんて、ふさわしくないですね」

あまり望ましいことではないが、これだけ自分の考えをころころ変えるのだ。親も自分に望みは抱かないだろう。そうすればもっと自由に岬にベタベタできる。

「いや、周りはそうは思わないけど」

と、薫の突っ込み。

「ま、安心するといい。僕だって弟を守るくらいの器はあるつもりだよ。誰にも文句は言わせるつもりはない」

どうやら柚月の独り暮らしは無くなったことが決定してるようだ。決定権が無い自分に苦笑する。
別に、独り暮らしをしなければいけないというわけではないから、大して問題は感じていないのだが・・・以前の自分とは少し変わった、感慨を覚える。




「じゃ、お言葉に甘えて兄さんに面倒見てもらいますかね」



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