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それ以来柚月の悩みの種はまったくなかった。思ったとおり暁には説教されたが、どこかでこんな事態になるのを想像していたのだろう。周りには話さないでおいてくれたおかげで、そこまで大事にならなかった。
もちろん家族が不自然にそろうようなこともなく、何事もなかったかのように時は過ぎていった。

機嫌がよかろうと悪かろうと柚月は勉強には手を抜かない性格なので、特に受験勉強に躓くことはなかった。
もともとはアメリカの一流大学に留学しようと考えていたのだから、国内での受験が難しいとは思えるはずがなかった。
そんなことを岬に言ってみたら「先輩って嫌味な人だ」と拗ねられた。慌てて謝ってご機嫌取りをしたこともあったが、岬が心底から怒っていないことはわかっている。
だから、特に不安は感じてはいなかった。


(・・・で、どうするか・・・)

倍率が何倍あろうとも、別に柚月には他人事だった。大学入試など、恐れるものでもなかった。
だから別に、合格発表を見る前の心臓の鼓動がするわけでもない。そんな心境を話したらまた岬に何か言われそうだが、柚月はもっと先の未来を見つめている。
とはいえ、この関門を過ぎなければ未来もないのだが・・・。


(誰に1番に連絡しようか・・・)

合格したことを。別に学校には最後でいい。それは問題ない。
問題は、父親に連絡するか、岬が先か。最初に思いついたのは岬だったが、そのとおりに電話すると、なんだか怒られそうだ。『親に電話しろ!』と説教しそうだ。
それ以前に、今は授業中だ。たとえ電話しても出ない・・・その事実に気づく。




(真雪がうらやましい・・・)



真雪は岬のそばにいることができるのだ。今こうやって自分は新しい道に進む一方で、彼らは彼らで同じ空間にいることができる。

(ま、そればかりは仕方ないけどな)

岬のそばにいるのが真雪なら仕方がない・・・そう思っている部分もある。岬は世界で一番大切な恋人だが、真雪だって大切な弟なのだ・・・何とか穏やかな気持ちになったところで暁に連絡することにする。
今は確実に仕事中だが、不思議と今かけたら電話に出るような気がする。


『はい・・・あぁ、柚月か』

「お仕事中すみません。今大丈夫ですか?」

『だめだと言ったらどうする?』

「息子より仕事を優先させるのであれば、切ります」

以前の自分だったら父親に対してこんな言葉ははかなかっただろう。それだけ暁の存在は絶対的なものである。
だが、自分自身が人を愛するようになって見えてきたこともある。
そんな軽口で気を害するほど暁は小物ではないということだ。


『そうか・・・大学、受かったんだな?』

「えぇ、そういうことです。いろいろとご迷惑をおかけしました」

志望先を変えたり、独り暮らしをしたいといったり、この父親にはどのくらい迷惑をかけてきたのだろうか?

『気にするな。そのくらい親の務め・・・って、何一つ親みたいなことしてやれてないけどな』

彼の自嘲には、笑って否定しておいた。親の敷いたレールから外れることを認めてくれたのだ。それに感謝しないはずがない。
そんな様子に気づいたのだろうか。暁の表情が穏やかになったような気がした。


『本当に・・・お前も変わったな。ま、二人には俺から言っておくから、お前は早く岬君の・・・』

「彼は授業中です」

『そういえばそうだな。じゃ、薫に電話してやってくれ。あいつ、かなり心配してたから』

「はは、兄さんに限って・・・」

『知らぬは本人ばかりなり・・・というやつだ。それに、お前のおかげで薫が不自由になったんだ。そのくらいやっておくように。そうそう・・・今日久々に帰宅するから夜遊びはしないように』

「ちょっと待ってください」と言う暇もなく切られてしまう。どうやら決定事項であるようだ。
この分だと暁だけでなく鏡花や祖母のキヌさえもそろう可能性が高い。もともとそういう予定だったのか。
せっかく恋人の元に行こうとしたのに・・・苦情を言うため再び電話したが・・・すでに決めてしまった暁には何を言っても無駄だった。



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