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「ご苦労様・・・って、何むすっとしてるのかな?」


涼しげな笑顔をされ、余計柚月が不機嫌になる。予想通り家族がそろった。適当な理由をつけて逃げようかと思ったものの、予め釘を刺されてしまったのでそれが出来なかった。
別に怒られたわけではないのだが、居心地が悪い。


「仕方ないでしょう。せっかく岬とデートしようとしたのに・・・」

岬にはお祝いをすると言われたが、泣く泣く断るしかなかった彼の心境を薫は分かっているのだろうか?

「そんなに怒らないの。なんだかんだ言ってあの人たちも喜んでるんだから」

薫はそう言うが、実感が湧かない。別に不満を持っているわけではないが、『おめでとう』すらなかったのだ。

「本当に嬉しくなかったら、わざわざ仕事放ってまで帰りませんよ、柚月くん」

そうだったらいいけれども。本当に喜んでくれているのなら、岬のところに行かせてくれてもいいではないか。

「ちなみに、兄さんは俺が合格して喜んでくれてますか?」

「まぁね。君の学力なら当然という感じはするけど、やっぱり嬉しいよ」

さらりと厳しいことを言われているような気もするが、仕方がない。薫が通ったのはアメリカでもトップクラスの大学だ。
彼にとってはこれから行く大学のことなど眼中にないはずだ。だが、そんなことを気にしても仕方がない。


「嬉しいと思ってくれてるのなら、俺を逃がしてください」

「残念。僕は君のお願いは聞かないよ」

あっさりと拒否される。薫なら大目に見てくれるかと思ったが、甘かったようだ。

「僕は父さんから君を逃がさないように言われてる。何でそこまでしたいのかは分からないけど、まぁ、御当主の命令だからね。
と、いうわけでおとなしく家にいなさい」


「どうしても俺を外に出さないんですか?」

今の今まで薫と争うことは避けてきたが、今日ばかりは避けられないらしい。彼とぶつかっても体力気力を消耗するから極力したくなかったのだが、岬に会うためなら仕方がない。

「ふぅ・・・君は自分のことしか考えてないようだね。今言わなかった?僕は父さんの命令で君を出さないと。もし君を逃がしたら僕がどうなるか・・・それを考えたかな?」

「兄さんの都合なんて、俺は知りません」

きっぱりと言い切るが、薫は表情を崩さない。普通だったら何かしらのリアクションがあるのだが・・・さすがに言い過ぎたか・・・即柚月は後悔する。

「なるほど、僕の都合はお構いなしということか。それならそれで構わないんだよ。ただ・・・」

薫は立ち上がり、本棚から何かを取り出す。ノートよりも大きいサイズのそれは、本棚に入れておくには不自然すぎるものだった。

「残念だけど・・・柚月、君は僕には逆らえない。これは何か分かるかな?」

「お見合いの・・・写真ですか・・・?」

「そう。外の人間は君が男に狂っているとは知らない。だから、こんな写真が今でも届く。もし岬君がこれを見たらどう思うかな?」

薫が出した切り札。薫はやると言ったらやる。それが見つかるのは恐くないといったら嘘になる。きっと怒られる。だが・・・。

「そのときは土下座してでも彼に謝りますよ。俺はその写真よりも・・・岬に嫌われるほうが恐いですから」

それに比べれば薫など、恐ろしくも何とも・・・とまではいかないが、優先順位は明らかに違う。

「そ。言ったね」

途端彼は携帯を取り出し・・・

「あ、岬くん?こんばんは。え?何でかけたかって?君の声が聞きたかった・・・じゃだめかな。
え、だめ・・・仕方ないなぁ。
いや、父さんが何だか出張先からお土産もってきてね。君にあげるように言ったわけで、これから空いてる?
あぁ、空いてないと言っても行きますんでよろしくお願いします」


「兄さん、これから岬に会いに行くんですか?」

「ふふっ、せっかくだし、あの子の顔が見たくてね」

それは全く冗談には聞こえなかった。薫が岬のことを気に入っていることは事実だから。
それに・・・薫のやることは大体理解が出来る。


「ま、僕は父さんに渡すように言われたけど、僕が言って渡せとまでは言われて無いから考え中なんだけどね。
もし君が行きたいというのなら・・・その役目譲ってあげてもいいけど。この写真も持っていくといい」


これ以上薫の機嫌は損ねないようにすることにした。せっかく岬のもとに行かせてくれると言うのだ。おとなしく行くことにかぎる。



(また、借りか・・・)



腹黒い兄に借りを作るのは本位ではないが、岬と一緒にいたいという気持ちのほうがはるかに上だった。

「写真はいらないですけど。ありがたく行かせてもらいます」

「そ。それなら見つからないうちに行くといい。早く帰ってくればそれでいいから」





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「やっぱり行ったか」

狙ったようなタイミングで暁が声をかけてくる。

「えぇ、それほどあの子に会いたかったんでしょう。父さんもそれを知っていてわざわざ監禁することはなかったのに」

「知っているからこそだよ。こうでもしないと家族が揃う口実を作れないだろう」

家族という言葉に薫は苦笑する。暁は家庭を省みる性格だとは思っていなかった。
粗末にしているわけではないことは知っていたが、家に帰る口実を作ろうとしたことを見たことは今までになかった。


「父さんの口からそんな言葉が出るなんて・・・意外です」

「あぁ、俺もそう思う」

「あの人の影響ですか?」

暁をそこまで動かせる人間といえば、薫の知る限りでは独りしかいない。

「ん?湊と言いたいのか?残念だが、半分はずれだ。答えは・・・お前が考えることだ」

そんなことを言うのだから、答えは自分たちにとって非常に身近な存在であるはずだ。心当たりはないわけではないが、それを口に出すと考えると・・・ほんの少し頭痛がした薫だった。



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