PAGE.1

瀬古岬少年は、悩んでいた。理由は一つ。隣の少年に、どう声をかけていいのやら。
ノリが良く、クラスの中心にいるのを楽しむ性格である彼は、それなりに長身で、誠実そう、おまけに汗臭さの感じぬ―世間一般ではさわやかという言葉を用いられそうな容姿のおかげもあって、クラス内での地位を一気に獲得した。
そこまでは良かったのだが、一人自分に関心を示さぬ・・・というより、岬の存在を無視している少年がいたことが悩みの種になってしまった。
もともと岬はそういうことにこだわらないような性格であり、好きか嫌いかであるのならどうにでもなる・・・と思っているのであるが、その雪のように色白で華奢な少年の心の中は全く読めず、悶々としていた。



どこか外界との接触を拒絶しているような少年。



人見知りをするような性格というのはよくあるが、それとは違う空気が漂っている・・・。
高校に入りたてで希望に満ちている岬が気にしないはずはない。やっとの思いで声をかけた。

「えっと・・・九条・・・真雪くん・・・だよね?」

よろしく、そう言おうとしたものの、少年に浮かんだ表情を見て、やめた。
真雪少年が浮かべたのは、一言で表すと、嫌悪。
鬱陶しいとか、邪魔とか、そんな意味合いとは違う、明確な拒絶。
初めてなのにどうしてそんな顔をするのだろう?疑問に思っていたところ、クラスメートであり、岬が初めて高校内でしゃべった間宮林太郎という、どう見てもウケ狙いでつけられたような名前を持つ少年が声をかける。
岬にとっては単純な疑問だったのだが、実は当人を前にしての話題ではないようなので、彼らは廊下に移る。


「あ、瀬古、彼は無駄だぜ?」

「無駄?」

その口ぶりからすると、真雪と間宮は同じ学校だったらしい。
間宮の話によると、岬の中学は彼らの隣だが、この高校は周辺の人間の割合が極めて高いらしく、岬の中学から来る人間はあまりいないのだそうだ。
要は岬はお隣さんだからその辺の事情は知らないということだ。


「大の男嫌いってやつ」

その言葉で岬はある程度の想像をした。彼はその容姿から同性からその手の対象にされる可能性があるのだろう。
その結果・・・と思ったが、間宮が言うには、そんな単純な問題ではないらしい。


「しかも、男からの視線がというよりも、男という存在そのものが嫌らしいな。
こうやって学校にくるんだから、側にいるのはまだ我慢ができるようだけど、関りたくないみたいだ。
だから、あいつは放っておいたほうがいいと思うぜ?友達になろうとしても、断られた挙句、汚物扱いされるのがオチだ・・・」


ふーん・・・と反応しておく。だが、触れてはならぬといわれると触ってしまいたくなるように、そういう事実があれば、なおさら気になるものである。
岬の友達も中々厄介者が多いが、そこまでの人間はいなかった。






「九条真雪はいるかい?」

と、上級生に声をかけられ、岬は我に返る。
目の前にいたのは、明らかに『上に立つもの』のオーラを放つ青年だった。
穏やかそうに声をかけてはいるが、まったく隙を見せることはなく、決して穏やかだけではない。
凛々しいが、決して堅苦しいわけではないという、不思議な青年。彼が通るだけで、あたりに静寂が漂う。


「・・・どなたですか・・・?」

と、聞いてしまうのは仕方のないことだろう。
自分でコントロールしているのか、太陽のような、あからさまに光り輝くというタイプではないが、気がつけばそこにある・・・真昼に浮かぶ月のような不思議な存在感があり、知っていれば、決して忘れることがない・・・この男もまた、初めて目にしたタイプだった。




「入学式、寝ていたな?それとも・・・外部か」



と、苦笑され、彼が生徒会に関係する人間だということを察する。
その容姿と、周りが遠巻きに見ているという事実から察するに、恐らく彼は生徒会長なのだろう。
確かに岬はうとうととしていた為、正面にいた人間を覚えていなかった。
慌ててその非礼を謝ったが、幸いなことに青年が気を害した様子はなかった。


「まぁ、いい。俺は九条柚月。そういう君は?」

「えっと・・・」

何故、自分が名乗る必要があるのだろうか。(恐らく)生徒会長と新入生では、接点があるとは思えないし、これから生まれることもないだろう。

「俺が名乗ったんだ。君も名乗るのがマナーというものだろう?」

「はぁ・・・俺、瀬古、岬っていいます。岬は・・・」

音が音であるため、見た目に反し女の子みたいな名前ともいわれることも多く、あまりこと細かく説明したくはないのが岬の本音なのだけれども、それを断れば怒られるかもしれないので、仕方なく説明する。

「山に、甲府の・・・」

「あぁ、あの岬か?いい名前じゃないか」

と、言われ、言葉を失う。笑われることを覚悟していたのだ。

「まぁ、いい。で、真雪は教室にいるかい?」

話題が戻ったのであわてて頷くと、軽く礼をして、中に入っていき、気づけば少年を連れて出て行った。
やはり彼らは兄弟であるらしい。




(・・・?)



しかし、岬には腑に落ちない点があった。高校生にもなって兄弟共に帰るということもあるが、それは個人差の範囲内の話だ。同じ行き先なら、一緒に帰ることもないわけではない。他人がとやかく言っていいものではないだろう。
ただ、少なくとも真雪を見ている上では、いつも一緒に帰るような仲のいい兄弟には見えない。
両者の間にあまりにも深い溝があるような気がした。それなのに、どうして一緒に帰ることをするのだろう。


「結局、九条の血ってやつじゃないの?」

そんな岬の疑問に、間宮が答えてくれた。

「九条・・・?」

「あー、瀬古は違う中学だから知らないんだよな。まぁ、九条の家を知っておくのは損じゃないよな。九条といえば、名家・・・」

「財閥ってやつかい?」

「似たようなものらしいけど・・・詳しくは知らない。とにかく大きい家だよ。
いろいろとうわさもあるから、敵に回さないほうがいい。
さっきの九条柚月先輩は二男で、弟の真雪が三男・・・というのは、聞いたことがある。
兄がいるらしいけど、どうしてだか詳しい話は聞かない・・・つまりは、俺も会ったことはないということだよ」


「それにしては・・・」

彼らが兄弟だということは分かった。だが・・・いろいろと様子がおかしいのではないか・・・それも個人差の範囲なのだろうか?

「決してその疑問は柚月先輩の前では口に出すなよ」

『マジで消されるから・・・』しかめっ面で言う。間宮は忠告してくれているが、九条柚月という人間がこの学校で絶対的な存在であることは、今日初めて会った岬にも何となくわかっている。
人間的にもそうであるし、周りの反応がそれを証拠付けている。そして、決して敵に回してはいけない存在なのだろう。
陰口を叩くと本気で消されそうだ。いや、陰口を叩かせる隙すら見せないのだろう。それでも間宮は教えてくれた。


「実のところ、俺らにも深い事情は知らないんだよ。ほら、下手に関ろうものなら、な?
でも、あまり仲がよくないんじゃないかという噂が立っていることも確かだよ。
兄がああなのに、弟は男の存在を否定している。それで仲良くなれるほうが変なんだよ。まぁ、仲良く振舞うために帰っているのかもしれないな。
ああいう人たちってイメージ戦略が大切らしいから・・・兄弟が仲悪いことが知れたら、何かと都合悪いだろう?
芸能人が長い間仲のいい夫婦を演じてるのと同じだと思う。あ、これは言うなよ?知られたら殺されるから・・・」


文句を言いながらも、甲斐甲斐しく説明してくれた間宮に軽く礼を言うと、なぜか紅くなりながら彼は『別にいい』と言ってくれた・・・。



NEXT

TOP

INDEX