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「何か今日真雪くんの家、行くんだってさ」

柚月に返されてから、放課後その旨を報告する。
目的地が同じであれば、一緒に行ったほうがよいというのもあるが・・・根本的な問題があって・・・彼らの家の場所は知らなかった。
兄を待たずにさっさと帰ろうとしたようだが、真雪は動きを止め、真意を探っているようだった。




「それ、兄さんが・・・?」



そうだと言うと、不思議そうな顔をした。

「兄さんが家に連れてくるなんて・・・気に入られたんだね」

くすくすと笑う。彼の笑顔を見たのは初めてだった。
それ自体は嬉しくないわけではないのだが、笑っているというより・・・笑われているというのがふさわしいので、複雑な気分だった。
しかも、柚月に気に入られるより、真雪に気に入られたい。
だが、真雪はそんな岬の気持ちには気づいていないのだろう。心の中だけで岬は苦笑した。


「あの人が俺を気に入るわけがないだろう?それより、俺、行っていいのか・・・?」

根本的に彼はそこまで気にする性格ではないのだが、相手が繊細な真雪となると、話は違ってくる。いくら柚月が発端とはいえ、真雪にとって最大のプライベートに踏み込んでもいいのか?そんな考えがあるのだ。

「大丈夫・・・だと思う」

断言か・・・そう思ったものの、『と思う』とつけたされ、一瞬ずっこけそうになる。
しかし、何となくそれが照れ隠しのように感じた。ほんの少し硝子細工がやわらかくなった。






「待ったか?」


そんなミルクキャンディのような甘さが漂う空気をわざとぶち壊すかのごとく、柚月が登場し、慌てて二人は声がする方向を見やる。知らない間に時間は結構経っていたので、生徒会の仕事が忙しかったということになる。
待っている岬のことを考えてか、彼は相当急いで来たようだけど、そんな『気遣い』はせずにもう少し自分たちのことを『気遣って』来るのを待ってほしかったと、本気で岬は思った。


「別に待ってません」

そのため、口調も非常に険悪になる。相手が天下の九条二男といわれる青年であったところで、知り合ったばかりの岬には関係ないし、そもそも彼の顔色を伺うような性格だったら、硬直してしまって柚月と話そうとは思わないだろう。
柚月と話すのは、そういうのは気にしないという岬の性格によるところが大きいのかもしれない。
だが、柚月は彼よりも上手らしい。苦笑いをしつつも、軽く謝ってくる。


「悪かったな。早く来すぎて・・・」

だが、少し皮肉が混じっていた・・・。

「いや、そんなわけじゃ・・・あはは」

と、旗色が悪くなったので、笑ってごまかす。これ以上深く突っ込むと、完璧に柚月のペースとなってしまう。

「まぁ、いい。ついてくるといい」

それだけ言ってすたすたと先を行ってしまう。先ほどまでとは違って、少しだけふてくされていたような気がした。

「俺、何か悪いこと、したか?」

柚月の不穏な空気に耐えかねて隣の真雪に小声で聞く。

「いや・・・なんというか・・・」

理由には気づいているのだけれども、曖昧にしておきたいものがあるらしい。軽く苦笑いで返すだけだった。
言ってほしいと思ったけれど、妙に黒いものを放っている柚月の後ろでそれを聞くほどお馬鹿ではなかった。


「ほら、ついたぞ?」

結局ご機嫌斜めのままの柚月。指差された家を見て、岬は驚愕する。一言でいうと、大きい。幸い想像していた、いかにも財閥という感じのものではないが、豪邸というのにふさわしいものであることは確か。

「・・・大きいですね・・・」

「そうか?別に普通の家だと思うが」

しかし、柚月にとっては普通であるらしい。もっとも、それは仕方のないことなのかもしれない。
彼らは産まれてからずっとここで育っている。そのサイズを当たり前だと思うのが当然だ。
よって、彼はそれ以上深入りするのをやめておいた。
金持ちの金銭感覚は往々にして庶民とは違うものである。知らないに越したことはない。


「入るのか?入らないのか?」

「ひょっとして・・・まだ怒ってます?」

驚きのあまり、立ち止まっていた岬に苛立たしげに柚月が問いかけてきた。
岬には理由は分からなかったが、岬が立っているからという理由でなく、何か思うところがあって柚月の言葉の一つ一つに棘があるように思えた。


「別に。どうして怒る必要があるんだ?」

否定はしているが、明らかに機嫌が悪い。やはり岬の何かに腹立っているようだ。
悪いところを言ってくれれば、岬も直しようがあるのだが、何も言わないし、岬のほうも心当たりがないから―いや、全くないわけではないのだが、それが怒る理由になるとは思えなかった―どうしようもなかった。
理由なしに不機嫌になるのはやめてほしい。


「怒ってるじゃないですか」

と、岬の口調も荒くなってしまう。隣で真雪がおろおろしていたが、岬に気遣う余裕はなかった。

「あぁん、そんなとこにいたら、ヂャマ!」



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