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何かあるなら言ってくれればと言おうとしたところ、突然物騒な声がかかり、岬は硬直する。
ぱっと振り返ると、そこにいたのは女性のようであるが、鳥肌が立ち、本能的な危険を察知する。
九条の家に目的があることを考えると、一筋縄ではいかなそうだ。
目の前にいる柚月よりも、違う意味でやばい部分がありそうだった。
「兄さん・・・」
真雪はいつもと変わりなかったけれど、精根尽きたかのように、柚月が声をかける。
こちらのほうはいつもとは全く違っていた。なんと言えばいいのだろうか、ツッコミを入れるには疲れ果てすぎていて、口を動かすのも嫌・・・そう形容出来そうだった。
「え!!」
だが、岬のほうは冗談抜きに腰を抜かした。兄さんと呼んだということは、彼が男であることになる。
世間を見渡せば中性的な男性ならいくらでもいそうなのだが、声は女っぽかった。
つまりは、オカマということだ。
いや、それ以前に、彼らは真雪たちの兄なのだ。印象どおり厄介な性格をしていそうだ。
こうなるとどこに驚けばいいのだろうかと思いかけたが、結局両方に驚くのが普通だということに気づく。
「友達が来てるので」
それはやめろということらしい。それなら、だれも来ていなければいいのか?家庭ではいつもこうなのか?
そう思ったが、残念ながら個性たっぷりの兄弟の前でそれを言う度胸はないし、それ以前にここで口を開くのが、何よりも気まずかった。すると、その女性らしき男は『あ、そう』とだけ言って岬を見つめる。
「へぇ、これが友達くんか。どっちの?」
と真顔で聞かれ、岬はどう答えるべきか迷う。柚月とはたまたま知り合い、たまたま家に誘われただけで、実際のところは真雪の友達なのだが、向こうはどう思っているのか。兄の友達と思われていたのなら困る。
「・・・僕の・・・」
だが、そんな心配をよそに、真雪のほうから答えてくれた。
それは意外だったようで、その男はおろか、肝心の柚月すらも目を丸くしていた。
「ふーん・・・真雪のお友達さんか。実にいい男だ。どう?今夜僕と・・・」
驚いていた男も、気を取り直したようだ。あまりのペースの速さに岬はついていけなかったのだが、どうやら彼は誘惑をしているらしい。
「兄さん!真雪の友達にちょっかい出さないでください!」
と、本来は真雪が怒るべきところを、なぜか柚月の方が声を荒げている。
多分彼のは冗談だとは思うのだが、柚月も普通に返せばよいのではないか・・・?
別に冗談が通じない男なのではないのだから。
「どうして?柚月には関係ないことじゃないの?」
と、岬が思っていた通りその点を指摘され、柚月は狼狽し、答えに詰まる。
このように慌てている彼を見たのは、岬にとっては初めてのことだった。
岬が知る限りではいつも堂々とした様子を見せる男だから・・・。
柚月も人間だから慌てないはずはないのだが、そういう時は心の中でやっておくと思ったので、明らかに慌てるとは思ってもみなかった。だが、男には心当たりがあったらしい。勝手に納得して完結してくれた。
「なるほど・・・そういうことか。これは面白くなりそうだ。
まぁ、そんなことはいいね。今は関係なさそうなことだし。とりあえず自己紹介しておくべきかな。
君は僕のことを知らないようだから・・・警戒しているみたいだしね。
君みたいな格好いい子に警戒されるのも気持ちのいいものではないから。
僕は九条薫、九条家の次期当主とでも言っておくよ?九条という名は多分何かしら聞いたことがあると思うから、説明はいいよね」
「まぁ・・・大体のことは聞いているんで。その次期当主さんがオカマっすか・・・」
と、あまりにも無礼であろうことを聞いてしまったが、次期当主であるためか、薫に動じた様子はなかった。
あっけなくカツラをとる。よくみるとかなりの美貌の持ち主だ。柚月を少し穏やかにしたという感じだろう。
「これは、趣味。一応保健室の先生やってるもので」
彼の説明によると、諸事情により、期間限定で学校に勤務しているらしい。
生徒に接するにはどうしたらいいかを考えた結果、オカマになることを決意したという、違う意味での大物である。
柚月が言うには、薫のまたの名を『保健室のルシファー』と言うそうだ。
オカマモードと素のときの彼の声の質も空気も全く違う。どうやって変えているかは聞いてはいけないことなのだろう。
世界の不自然ということでその疑問は闇に葬った。『事実は小説よりも奇なり』という。
「それより、君たちが友達を連れてくるなんて、珍しいじゃない。ちょっとこの子と話したいんだけど、いいよね?」
名家であるせいか、長男の言うことは絶対らしい。
渋りながらも、逆らうと何が起こるかわかっているのか、二人はそれを了解した・・・。
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