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途中、ずっと無言だった。時間のおかげもあってか、柚月に対するわけの分からない怒りは解けたが、それでも、気まずくて何を言えばいいのかが分からなかった。
そしてそれは岬だけでなく、柚月も同じなのだろう。普段は話すことがなかったとしても、さりげなく会話を持ち出す柚月のほうですら、気まずそうに口を閉ざしていた。
「なんと言うか・・・すごいお兄さんですね」
それでも何も話さない状態は苦痛だった。別に岬がおしゃべりだからというわけではない。
彼自身はよく話すほうだが、別に話さなくても平気で、聞くほうも好きなタイプであり、結構使い分けていることもある。
ただ、柚月との間に流れている沈黙が、何よりも耐え難いものであった。彼と話しているのは心地いいのだ。
薫に関しては悪い人ではないことはわかるのだが、どうしてもインパクトが強すぎて、いいお兄さんとも、素敵なお兄さんとも形容しがたく、いろいろと修飾語を探していたら、そのような言葉に思い当たった。
だが、その形容はまんざら外れてはいなかったようだ。柚月は苦笑しながらそれを認める。
「だろう?根は結構まともなんだけどな・・・」
どうやら柚月のほうも、会話のチャンスを探していたらしい。少し顔が柔らかくなったので、岬も安心した。
「柚月先輩も結構大物だって思ってたんですけど・・・上には上が・・・」
「俺は怪物か?」
変な風に受け取ったのか、軽く睨まれ―もちろん、それが本気ではないことは分かっていたが―あわてて―岬は弁解する。
「そうじゃなくて・・・まわりとは違うというか・・・」
「何か嬉しくないな・・・」
「ほめてるんですけどね」
なんとも形容しがたいむずがゆい気持ちで岬は歩いていた。
いつも柚月と話すときは、真雪の話題が中心だったけれど、柚月そのものの話はほとんどしなかったので、こういったやり取りは新鮮である以上に、戸惑いを覚えるものでもあった。
だが、それ以上にほっとしていたことも事実である。自分の言葉に柚月が拗ねているのは分かるが、先ほどまでの柚月の心が分からなかった状況とは違って、どうしてそうなっているのかが分かるから。
だから岬も言葉を続けることが出来る。
「あぁ。さすがにこの俺でも兄さんには負けるよ」
あのオカマはな・・・と、思い出し笑いをされ、岬もつられて笑う。
不思議と心地よい空気が流れている。だが、考えてみたら、そのような笑みは真雪の前では見せていなかった。
今から思うとそれは硬く、はりついた、言ってしまえば営業的に見せているようなものだった。
普通は実の弟には心から笑いかけるだろう。それに、同じ兄弟でも薫と柚月はそれ相応に似ているのに比べ、真雪だけ違うような気がした。
「その・・・聞いていいですか?」
「そう聞くということは、俺が不愉快に思う可能性があるということか?」
逆に聞き返され、岬は自分の疑問が筒抜けであろうことを悟る。
「いいよ。質問にもよるけど、君になら答えてあげる」
すぐには答えずに、考えた。これからする質問は、おそらく柚月の気を害するものとなる。
それだけでなく、真雪に対しても失礼に当たるだろう。それに気づかぬほど、岬も馬鹿ではない。
だが、一度気になるとそれはどんどん膨らんでいって・・・。柚月を見ると、黙っていて、待ってくれているようだった。
「ありがとうございます。失礼だとは思うんですけど、先輩と真雪くんって・・・」
「血がつながっていないかって?」
「いや、その・・・なんていうか・・・似てなくて・・・」
自分から口に出したものの、岬は邪推が邪推でしかないことを願った。
もしそれが真実であれば、岬は失礼なことを聞いたことになる。だが、邪推であれば、笑って済ますことが出来る。
柚月が何も言わなかったから、本当に気まずい沈黙が続いた。
どうにかしなければ・・・岬が謝罪しかけたところで、柚月はちょっと待ってとだけ言って、その場から消える。
しばらく夜の寒い中待っていると、彼は手に缶コーヒーを持っていた。
『飲むといい』と言われたので、お言葉に甘えて飲むことにする。
「察しの通り、俺たちと真雪は半分しか血がつながっていないんだよ」
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