PAGE.11

岬を苛んでいたのは、嫌悪感と、罪悪感と、自己嫌悪だった。
根本的には一晩寝れば忘れるポジティブな性格であっても、このことばかりはなかったことにすることが出来なかった。
今でもそのときのシーンが頭の中をぐるぐる回っていて、柚月に対する怒りは収まっていない。
信頼していた先輩にそういう目で見られたのは、さすがに気持ち悪い。夜中何度も目を覚まして吐きに行ったものだ。




しかし、それ以上に、後悔もしていた部分もある
自分が気づかなかっただけで、柚月は岬を好きだと態度で示してくれていたのだ。
冷静沈着と
評される彼が、岬のこととなると表情をころころ変える・・・。
その気持ちが本気であるのなら、もう少し言葉を選んで断ればよかったとも思っている。確かに性的視線で見られていたのは屈辱であるが、それでも信頼できる先輩であることも事実だということは、岬に変えることは出来なかった
気まずくなってしまったため、もう話すことも出来ないと考えると、胸が痛む。
柚月も、自分のことを気持ち悪いといった後輩となんか話したくもないだろう。


「や、元気か?」

と、沈みかけた気分を払拭するかどうかは不明だが、気がつけば柚月がそこに立っていた。



しかも、何にもなかったような顔をして・・・。




「あー、もう最悪・・・」



それは自分のぐちゃぐちゃした今の気持ちを表していたのだが、そこまで言って、失言に気づく。
せっかく会いにきてくれたのに、その言い方はないだろう。


「最悪・・・か。それは大変だったな」

他人事のように話す柚月。

「場所、変えません?」





----------





「先輩、俺が好きなんて、冗談ですよね」

人気のない屋上に移動してから切り出したのが、この言葉だった。
冗談といってくれれば、岬も前のように先輩を慕う後輩に戻れる。
柚月もその気持ちを察してくれると嬉しい・・・というのが本音である。




「そんなに冗談にしてほしいか?」



だが、返ってきたのは、何の抑揚もなく、平坦な言葉。怒りも悲しみも見せず、ただ威圧感がそこにある。

「その・・・出来れば・・・」

恐る恐る肯定すると、無表情が崩れ、柚月は傷ついたような顔をした。今までは強がっていた部分もあったのだろう。
だが、それは仕方ないことかもしれない。一人の想いを否定することをしているのだから。
自分が同じ立場になったら、そうなるかも知れない。それでも柚月の気持ちに応えるわけにはいかないのだが・・・。


「・・・そう。条件を飲んでくれれば言うとおりにしよう」

「条件?」

恐る恐る聞くと、柚月はこう言った・・・。



「一度だけ、抱かせてくれないかな?」



・・・・・・・・・・え!」



文の意味自体は解っていたとしても、日常で聞く言葉ではないため、最初は何を言いたいのかが解らなかったが、よくよく噛み砕いて考えてみると、ただ単純にやりたいという問題でなく、どちらかを選べば、どちらかを失う・・・そんな予感がした
もちろん柚月の思いを受け入れることは出来ないが、そうすると、身体を差し上げなければならなくなる。
そして、身体の関係を持ってしまったら最後。二度と彼とは先輩と後輩として、話すことも出来なくなる。無理やりやった男と楽しく話すことのできる理由など、あるはずがない。
恐らく柚月は、ただで諦めるつもりはないのだろう。



「先輩、卑怯だ・・・」


悔しそうにつぶやく。岬の選択肢を潰すつもりであるらしい。
柚月の中では岬を追い詰める計画が張り巡らされているのだろう。
そして、有無を言うこともできず、岬はその罠に嵌っていくのかもしれない。


「うん。俺は卑怯だよ?君らが勝手に俺を作り上げてるだけだ」

追い詰められる岬。とっさの判断は・・・。



「先輩、こうしよう。俺が先輩を抱く。それなら出来ると・・・ダメ?」



「普段だったらそれでオッケーするけど・・・残念だけど、俺は、岬が乱れるところをみたいんだよね」



やられるのは嫌だが、掘るほうであれば無理すれば出来るかな・・・と思って提案したのはいいのだが、すげなく却下。
柚月は岬の答えが時間稼ぎでしかなく、どちらであっても不可能であることに気づいているのだろう。
なおも岬は渋るが、それに業を煮やしたのか、柚月は壁に岬を押し付ける。






「ん・・・!」





気がつけば、キスをされていた。燃え盛るように熱いキスを・・・。
たかがキス、口を合わせるだけの行為のはずなのだが、早く離してほしかった。終わってほしかった。
だが、不幸なことに、時間はゆっくりと動いていた。目の前がコマ送りになっているようだった。
嫌だと思っている一方で、他人事のように岬はそれを見ていた・・・



NEXT

TOP

INDEX