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「いただくものはいただいた。あぁ、お前の気持ちはわかってる。それが普通だ。でも・・・残念だけど、冗談で岬を好きになるつもりはないよ」
と、先ほどの熱さから解放され、一息をつく。けれども、岬の危機的状況は、全く変わらなかった。
それどころか・・・どこかで望んでいた『軽い冗談』という可能性が消え去ってしまい、逃げ道がなくなってしまった。
どうしたらいいのだろう?逃げ道は本当に残っていないのだろうか。沈黙した岬に、柚月が止めをさす。
「つまり、本気。俺は岬が好きなんだよ。愛しているといえばいいのかい?でも、君は俺を受け入れるつもりはないんだろう?」
「その・・・」
柚月の本気に、岬も言葉を失う。冗談ならまだしも、柚月は真剣に岬を想っている。
彼を受け入れることが出来ないのなら、納得できる理由で断らなければならない。柚月が最低な男であれば、手ひどく振ることもできるだろう。いや・・・二度と会わないのならそうしたほうがいい。中途半端に期待させるようなことがあってはならない。
だが、岬はそうできるほど柚月のことを嫌いになることができなかったことに気がついた。
どこかで先輩と後輩でいたいという気持ちがあった。それなら、彼の好意には誠意で返さなければならない。
しかし、岬にそれは思い浮かばなかった。ただ、漠然と恐怖があるだけで、何をどうしたらよいのか分からなかった。
だから、とっさに嘘をついた。
「俺、好きな人が・・・いるから・・・」
「真雪か?」
別に、本当に好きな人がいるわけではない。ただ、もしその相手が男であるのなら、一番近いのは真雪かと思うことも事実だった。
それに、彼が相手なら、柚月も引き下がるだろう。よって岬は首を縦に振る。
「・・・そうか。岬の気持ちは、よく分かったよ」
岬の嘘に納得した様子を『見せる』柚月。どう考えても不自然だったが、そんな白々しい嘘でも、柚月は信じてくれた。
恐らく聡い柚月は、岬が嘘を言っていることに気づいているだろう。
いや、本気で好きなのであれば気づいていないはずが無い。
それでも彼は、好きな男の言うことを信じることを選んだのだ。
「先輩には、もっと隣にふさわしい人が現れると思います。だから、その人を大切にしてあげてください」
本当にばかげた言葉だと、自分で思う。それは誠意でもなんでもなく、ただ自分を守りたかっただけだ。
そんな心無い言葉では柚月を傷つけることにしかならないのに。
人の想いを断るのに、ここまで言葉を選ぶことになるとは思わなかった。ただ拒絶すればいいだけ・・・そう思っていた自分を愚かに思う岬。
真摯な柚月を最低の嘘で傷つけてしまったという傷は、一生消えることはないだろう。
「・・・そう。何、気にするな。俺もちょっと気に入ったと思う程度だ」
と、軽く苦笑いをしていたが、岬はそれを信じることが出来なかった。冗談にしてほしかったのは、それが本気であることが痛いほど分かったからに他ならない。
本当に柚月の言った通りであれば、岬が此処まで苦しむはずはない。
「ごめんなさい・・・」
「分かったよ。だから、そんな顔、するな。俺がいじめてるみたいじゃないか。って、似たようなものか・・・」
と、自嘲的な笑みを浮かべる柚月。真雪と知りあったことで、岬は他人で終わるはずの柚月のいろいろな顔を見ることとなった。一部ではあるが、九条柚月という男の内面を知ることとなった。
しかし、辛そうな顔だけは見ていたくなかった。嫌でも自分が彼を傷つけているということを見せられる。
「もう一回、キスしていいか・・・?」
「先輩・・・?」
「させてくれれば、岬のこと、諦めるから・・・」
「先輩、卑怯だ」
「あぁ、俺は卑怯だよ?本当は強姦して、写真とって、脅しておきたいくらい。いや、別に犯されてもいいんだけどね。俺がやったほうが、ダメージは大きいだろう?」
物騒な言葉を放っているけれど、柚月の瞳は、岬が見た限りでは、一番優しそうであった。
とはいえ、岬に答えることは、出来なかった。キスくらいで許してもらえるのなら、別に構わない・・・のかもしれない。
柚月には言えないが、残念ながら岬はキスは初めてというわけではない。それなりには付き合ったことがある。
何度でもしてくれ・・・とは言わないものの、それで柚月の気が済むのなら、安いというもの。
しかし、すでにされているはずなのに、もう一度キスをすることで柚月との間にあった何かを失うんではないかという不安が生まれ始めている。
線引きをせねばいけないのだろうか?どうして曖昧な関係ではいけないのだろうか?
そんな疑問が岬に生じたが、結局原因は自分が作り出したことに気づく。
「ん・・・」
しかし、そんな返事を待たずに、柚月は岬に口付ける。
先ほどの勢いでしてしまったとは違い、胸が痛くなるほど切なく、優しいキスだった。
だから、とっさに岬は柚月を抱きしめる。どうしても離したくなかった。だが、柚月はその腕を優しく押し返した。
「その気がないのなら、そういうことはしないでくれ」
「先輩・・・」
「岬をこの手で汚したくなる・・・」
その言葉で岬も一気に我に返ってしまう。先ほどの甘い行為に、赤面する。
「真雪が、好きなんだろう?」
自分を守るためについた嘘。今はそれが岬を苦しめる。
もしその嘘をつかなければ、柚月も岬を暴いていったのかもしれない。そして、ひょっとしたら岬も抵抗することは無かったのかも知れない。
だが、それはすべて予測でしかなかった。
「あの子はその手の話は嫌いだけど、君には心を開き始めている。だから、望みがないわけではないさ」
すでに柚月は恋する一人の男ではなく、生徒会長の顔に戻っていた。
「じゃ、またな」
軽く手を上げ、去っていった・・・。
「なん・・・でだ・・・よ」
一人残された岬は、弱々しく呟く。頭の中がぐるぐるして、何も考えることが出来なかった。
今頭の中に存在するのは、友達になれそうな男の、兄のことばかりだ
。ふとした偶然で知り合うことになった、信頼できる、先輩・・・。まさかその先輩が岬を悩ませる存在になるとは、思ってもいなかった・・・。
『どうすればいいんだよ・・・』
答えの見えぬ問いに岬は途方にくれた・・・。
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