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「はぁ・・・」




と、柚月を振ってから一週間、岬はずっと、陰鬱としか言いようがないため息をつき続けた。
世間では
ため息をつくと幸せが逃げるというが、実のところは幸せが逃げるからため息をつくというものである。
だが、それが悪循環になることは言うまでもない。


「おーい、瀬古さんちの岬くん、何ため息ついてんのよ」

と、間宮の林ちゃんとも呼ばれる間宮がつんつんとシャーペンで岬の頭を突っつく。

「何って・・・お前には関係ありません」

「お前と言っておきながらですます調で終わらすのはやめときなさい。さては・・・女の悩みですな?」

と、楽しそうに間宮は推測する。この年の少年少女は、その手の話が好きなものである。
例えそれが苦かろうと、しょっぱかろうと、自分が楽しめるのならお構いはない。
だが、話せば少しは楽になるかもしれない・・・と思わせるのが重要だ。人の心を暴くには、理解者を装わなければならない。




「男の悩みですよ・・・俺の友達の話だけどな」



と、わざとらしく付け足す。そんな不自然さに間宮は軽くにやけたが、盛大に指摘はしなかった。
ここで突っ込みを入れると、話が聞けなくなる。


「その友達さんが・・・どうしたんだって?」

「好きだって・・・言われたんだよ・・・」

男の悩みというから、てっきり役に立たないという現象かと思っていたが、そうではなく、男が男に・・・ということだ。
一瞬驚いたが、そういうのもありかと考え直す間宮。
たとえわずかであったとしても、存在する以上は可能性を排除してはならない。


「おぉ、お前、男にももてるのか・・・。生意気な奴め。でも、その容姿はなぁ・・・うん。仕方ない。
この学校、そういうお方いるみたいだし、俺が女だったらまずお前に抱いてくれって言うね。俺も男でよかったわ。
いや、お前さんが俺を愛してると言ったらやばいかも知れないけど。
ムード満点だったら俺は即オッケーしちゃうかも。で?」


だから友達の話だ、と付け加えてから話を続ける。

「いや、別にいかにも〜ってワケじゃない。すごくいい人だし、信頼も出来る・・・だから辛いんだけどさ」

「付き合え!俺はお前がホモでも応援してやる。何故か?お前が男に走ればライバルが減るからだ。
ふっふっふ、ちなみに、別に俺は目先の利益でものを言っているわけではないぞ?
お前が悩むってことは、それだけいい男
であり、お前に関係する人間ということだ。他のやつだったらそこまで悩まないだろう。ただ振ってしまえばいいんだもの。
つまりは九条ブラザーズ級だな。オッズでは弟のほうが有力みたいだけど・・・ま、俺は九条兄の方にかけようか。弟を差し置いてかなり親密という話だ。
というか、九条先輩と結びつけという、俺の願望だ。何故か?もてるお前らが目障りなのだよ。
女どもはあれに釘付けだ。だけどあの人は誰かとくっつこうなんて考えてないようだし。
まぁ、あの人と一緒にいたら胃痛で寝込みそうだけどな。好きだと言っても冷たくされそうだし。あの人の笑顔は営業用だな・・・
本当に心を許した相手にでなければ、心のそこからは笑わんな、ああいうタイプは。
相当なマゾでなければ付き合えない・・・おっと、この話は先輩にはするなよ?」


大爆笑する間宮。どうやら岬の話であることを疑わないらしい。もう少し上手く振舞えばよかったと後悔しても遅い。

「でもなぁ・・・お前、男に告られたこと、あるか?」

「ないから言えるんだよ。だから、嫌なら振ればいいだけの話だろう?」





「兄さんと瀬古くんがどうしたんだって?」

後ろからかかった声に、二人は硬直する。気がつけば真雪がそこにいた。トイレからもどってきたらしい。

「つまりだなぁ・・・」

岬は言うまでもなく、間宮さえも言いあぐねていた。
真雪の男嫌いは有名な話。最近
『瀬古くんのお友達効果』によってやっと間宮にも心を開いてくれていたのに、話の内容を知れば、以前に逆戻りだろう。


「あぁ、まさか兄さん、瀬古くんを口説いちゃった?」

え?どこの誰も想像不可能だった意外すぎる真雪のストレートな言葉。
当然岬は沈黙するが、逆にそれが答えになってしまったようだ。そんな不穏な空気に、
岬に嫌というほどからんでいた間宮でさえも気を遣ったのか、それとも、自分がいるべきではないと判断したのか、お昼探してくると逃げ出す。




「・・・そう。やっぱり・・・」



「やっぱり・・・?」



聞き捨てならない一言に聞き返すと、真雪は苦笑しながら白状する。

「兄さんがいつになく沈んでいたから・・・ね」

その一日には生気が全く抜けていたと真雪は言った。
心配で聞こうとしても、近寄れないほど重い空気だったから岬のことが関係していると悟ったのだという。


「でも、それとこれとは関係ないさ」

「大有りだよ。兄さん、瀬古くんのことしか目に入っていないもの」

くすくすと笑われ、岬は仰天する。今にも消えてしまいそうというイメージから、程遠いものだった。

「えっと・・・まさか・・・?」

「兄さんの性癖?知ってたよ。まぁ、ゲイではないと思うけど。でも、まさか僕が友達になれそうだと思った人を好きになるとは・・・」

つまり、兄と不仲なのは、兄が男であるからというよりも性癖によるものがあるのだろうか。
だが、それなら柚月の言う『わだかまり』の説明がつく。




「だから柚月先輩が嫌いなのか?」



「嫌い・・・?僕が・・・兄さんを?」



心外そうに言われ、気は進まなかったけれども、岬は学校で二人の仲がどう思われているかを極力ついている尾びれをとりながら説明する。
すると真雪は哀しそうになりながらも『瀬古くんならいいか』と言って話し始めた・・・。



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