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「兄さん、ちょっといいですか?」


柚月に声をかけられ、薫は視線を本から上げる。ちなみに、読んでいたのは官能小説であったことは、柚月には知る由もない。

「んー?柚月ちゃん?どうしたの?あたしを抱きたい・・・ワケじゃないようだね」



柚月の目が鋭かったため、薫は使いかけたオネエ言葉をやめた。
こういうときの柚月は何かしらの決意がある。不用意に遊ぶと、長兄の薫ですらも痛い目を見ることになる。
柚月をからかうには、適度な分量で無ければならない。何事も程々が大事なのだ。
むやみやたらに追い詰めると、彼は・・・誰が相手であろうと牙をむくことになるだろう。
彼は決して傀儡ではない。敵に回すのは薫の本意ではない。


「えぇ、兄さんを抱くほど俺も馬鹿ではないので」

だが、柚月が薫の不利になるようなことは行わないことも知っている。長年一緒にいた兄弟だ。双方とも手の内は知り尽くしている。
下手に衝突するようなことがあれば、双方とも無駄に体力を消耗するだけだ。


「そう・・・さすが柚月。僕の性格をよく分かってらっしゃる。で、用は何かな?」



「兄さんに九条の家を押し付けていいですか?」



ほぉ・・・薫は沈黙し、真意を探る。九条家では建前上長兄である薫が家を継ぐことになっていたが、実権は全て、九条一族の中でも類まれなる才能を持つ柚月が持つ・・・それが決定事項であったし、薫の野望だった。
だからこそ、学校に勤務していた。
九条の家が長兄に見向きしなくなるように長い年月をかけてそう仕向けたのだ。
それは、完璧な計画だった。案の定両親は薫ではなく、柚月のほうに全てをかけた。長兄がどこでどう遊んでいようとも、両親は決してとがめることはしなかった。
そして、
もともと柚月もそれを承諾していたので、薫はひたすら遊びほうける・・・そんな計画だったのだ。
自由に憧れる薫とは対照的に、
もともと柚月は上に立つことを苦としない。そんな彼が人生を自ら曲げるとは、それだけの何かがあるということだ。幸い薫にはその心当たりがあった。




「岬くん絡みかい?」



からかおうと少年の名前を出したが、意に反し、柚月は強い力で薫を見返した。



「えぇ。俺も本気なので」



ふふ。薫は笑った。弟が過去の呪縛を断ち切ろうとしているのが、何よりも嬉しかった。
一人の男を愛する柚月を反対するつもりはない。以前の面白みのない状態からは、相当な進歩であろう。
人を愛することで見えてくる事だってある。上に立つものは、人を愛せなければ意味が無い。
だが、そう簡単に認めてやるつもりもない。


「でも、向こうがその気にはなれないんだろう?岬くんはどうやら真雪にご執心のようだ。それをどうやって自分に向けさせるのかい?」

それは、決してただ嫌がらせで言ったわけではなかった。
柚月は確かに岬のことが好きなようだが、岬が柚月のことをそういう意味で好いているようには見えなかった。
岬の深層心理は解らないので、ひょっとしたら柚月のことを好いているかもしれない・・・そんなことを否定することは出来ないが、それもまた可能性の一つでしかなく、柚月にとって楽な道でないことは紛れもない事実だった。
それに、弟が可愛いから結びつくのを悪いとは思わないことも確かではあるが、岬が悲しい顔をするのは、何故か見たくなかった。
だから、いくら自由気ままな薫であっても、素直に柚月を応援することは出来なかった。


「別に彼の意思など、関係ありません。例え数十年かかっても、振り向かせますよ」

実に気の長い覚悟だこと。薫も納得する。岬を口説くのにいくらかの勝算があるのだろうか。
まぁ、なければ、全てをかけて岬とぶつかるのだろう。
だからこそ、家を押し付けようとするのだ。柚月がメリットのないことをするはずがない。


「でも、九条と無関係になった君に、岬くんが興味を持つと思うかい?」

最初は反対するのにしっかりとした理由があったはずなのだが、ここまで来るといつの間にか八つ当たりになっていた。
そこまで誰かを一途に想える柚月に対する嫉妬も少しだけあったが、本音は柚月が男を追うとなると・・・薫が遊べなくなるという、結構くだらないものではあることを彼は自覚している


「さぁ?それは・・・賭けですね」

そこまで言われると、薫も認めざるを得なかった。

「ははは、面白いじゃないか。まぁ、君の結果がどうなるかは分からないけど・・・九条のことは気にしなくていい。僕に任せておけばいい。あの話もなかったことにしていいね?」



それが完全復活した弟へのプレゼントなのだから・・・。



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