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その、真雪に対するちょっと友達を越えてしまった気持ちに気づいてしまった岬は、やはりため息をついていた。
それは一言で言えば、ホモだからだ。あの現場を目撃してしまった岬にとって、恋は甘いものではなく、重圧になってしまった。
どうやって自分の気持ちを隠し続ければいいのだろう、と、やっぱり悩む。
「やぁ、確か、瀬古岬くんだったかい?」
「どちらさまでしたっけ」
当然現れた男に率直に聞くと、彼は盛大なため息をつく。
「高校史上二大美形と言われるこの俺を知らないとは、お前、モグリだな?俺は能勢。生徒会副会長様だ」
と紹介される。
「あぁ、あの陽動をぼこぼこにしたって・・・」
もともと、柚月以外の生徒会役員の顔など覚えているはずがないため、岬の能勢に対するイメージはこんなものである。
ちなみに、一般的な能勢のイメージもこんなものだ。
岬が覚えていないだけで、普通の生徒は柚月以外の生徒会役員の名前も覚えていることが多い。
知っている人に聞くと、本人にはいえないものの、確かに格好いいが、Mの人以外はあまり近寄りたくないのが本音であるそうだ。
「ぼこぼこって・・・やっぱり俺のイメージはそうなんだな。強面だけど、実は優しい先輩と言われたいんだけど・・・」
ほろりと、ハンカチで目を拭く能勢。
「まぁ、そんなことはいい。最近お悩みの様子だから、様子を見に来たって訳だ」
「その情報の源は・・・」
「君のダーリンだ」
「ダーリンって・・・」
心当たりをさぐっていたら、一人年上の男が見つかった。
以前はちょっと笑みも見せていたが、最近は仏頂面に磨きがかかった、生徒会長九条柚月。
彼の知る柚月は笑顔が多かったが、実際はそんなに笑わないらしく、笑っているというと・・・不思議な顔をされることが多い。
基本的に柚月の『笑み』は営業用なのだ。
「恋の悩みですか・・・だってよ」
「あは、あはは」
どうやら柚月は拗ねているらしい。やはり、前に真雪を抱きしめたことを根に持っているのだろう。というか、根に持っているとしか思えない。
それは仕方がないといえば仕方ないのだが・・・胃痛を覚えることも事実である。
「とにかく、その件でお呼び出し。嫌と言うなよ?これをばら撒いてほしくなければ・・・な」
能勢はそう言って岬に何か渡した。それは・・・。
「な、何でこんな・・・」
それを見た瞬間、岬は沸騰した。手渡されたのは、写真だった。しかも、柚月とキスをしているという、とんでもない代物だった。
いつ撮ったんだ・・・そんな疑念と共に、言葉に表せない怒りが渦巻いてくる。
「それは、あいつに聞いてくれ」
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どすん、どすん・・・と、それこそ校舎そのものが震撼するような足音に、生徒会室内の柚月が軽くドアのほうを見、笑みを浮かべる。
それは、足音の主とは対照的に穏やかで、何故か優しげなものであった。
「先・・・輩・・・!」
ごおおおおー・・・っと、まさに地獄の炎が燃え盛るかのごとき効果音をまとって、岬がドアを開ける。
本人は蹴破りたかったようだが、それをして修理費を出すのが嫌だという考えが面白いほどよく分かる。
「どうした?」
「何故こんなものが・・・」
すっと、静かに出されたものを拝見し、柚月は一言。
「あぁ、これ?よく撮れてるだろう」
「よく撮れてるって・・・卑怯な!先輩、知らない間にこんなの撮って俺脅そうとしてるんだ」
普段の明るい彼らしくなく、見下すように岬は柚月を見るが、柚月に堪えた様子は全くなかった。むしろ・・・楽しそうだった。
「何を今更。俺は本当に卑怯さ。利用できるものを利用しない手はないだろう?」
「目的は・・・なんですか・・・」
出来るだけ冷静になろうとした。向こうが冷静なのにこちらが我を失えば、勝負になるはずがない。
「使い道はたくさんある。この写真を使って、岬に交際を迫ることも出来る。周りに撒き散らされたくはないだろう?」
冷えるような柚月の声に、岬が一歩退く。
「でも・・・俺には好きな人が・・・いるから・・・」
キスの写真が出回ることも嫌だが、写真自体は案外弁解の仕方でどうにかなるものである。
だが、それが真雪の目に入ってしまうのはもっと嫌だった。
確実に嫌われることになる。柚月はそれを知っていて利用したのだろう。
「そんな事情は俺は知らないな。知っていたところでそれを考慮してやるほど優しくないし。
あぁ、でも、ネタくらいは明かしておくか。あの写真、実はあいつらから巻き上げたんだよ」
仕方なく、柚月は真相を暴露した。本当は黙っておきたかったが、岬が相手だと悪になりきれないのは・・・やはり惚れた欲目なのだろう。
もともとこの写真は柚月がある生徒から巻き上げたものだった。柚月失脚を企んだ者が、尾行して撮ったらしい。
しかし、そんなもので柚月を脅せるわけではなく、逆にネガを取り上げられることになったが・・・。
もっとも、デジカメで撮られたところで、痛くも痒くもない。どんどん噂してくれと言うのが本音だ。
岬がらみで失脚するのなら、それはそれで本望だ。だが、柚月の失脚に岬を利用するという考えがいやなのである。
「で、ネガは俺が持ってる。つまり、言いたいことは分かるよな?」
「それでも嫌だと言ったらどうするんですか?」
「俺には人質がいることを忘れてもらっては困るな」
人質・・・岬はその言葉で真雪を思い出した。もし従わなければ、柚月は真雪に何かしでかすつもりなのだろう。
それとも・・・抱えている気持ちを暴露するつもりなのだろうか。どちらにしろ、岬に選択肢はなかった。
「分かりました・・・先輩と付き合えばいいんですね?」
とまで言われてから、柚月はにやりと笑う。それは、岬が罠にかかった瞬間だった。決して柚月は『俺と付き合え』とは言っていない。ただ写真をちらつかせ、ただ可能性を示唆したまでである・・・。
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