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岬は、柚月が己を罠に嵌めようといていたことを知っていた。
しかし、知った上で、その罠に嵌ることを選んだ。
勿論、写真の内容も大きな理由ではあったが、それは決定打にはならなかった・・・と後から思う。
柚月本人自体は脅す気満々であったが、岬は彼が本当に実行するとは思わなかった。
うぬぼれと言われればそれまでなのだが、彼を好きな柚月が岬に不利益なことをするとは思えない。
例え本人は本気で行いたくとも、いやだと言えば実行はしない・・・柚月はそういう男だということは分かっていた。
よって、岬の気持ちのほうが大きかった。膨れ上がりそうな恋心が真雪を傷つけるようなことになってほしくなかったし、自分が傷つきたくなかった。
彼と『付合う』事を選んだ理由は、逃げでもあったのだ・・・。
真雪は強姦未遂の件から、岬に懐くようになった。彼を安全な存在だと思い込んでいるのか、ちょっと触れてしまったところで嫌がる素振りは見せない。それが岬には嬉しくもあり・・・そして、辛くもあった。
だから、悪いとは知りつつも、柚月を利用することにした。もし自分にとって不都合な何かがあっても、『脅かされて付合っている』限りでは岬は被害者である・・・ことが出来るとの思惑もあった。
「お茶、どうぞ」
「あぁ、悪いな」
生徒会の活動には関らないが、他の生徒会役員がいないときは、岬がお茶を出すくらいはやっている。
もともと柚月はかなりの努力家らしく、会議がない日も生徒会室にこもっていることが多いらしい。
柚月ばかり働かせるのも疲れるだろうからと、生徒会役員全会一致で岬の出入りが許された。
というといい話のように聞こえるが、実際には人身御供なのかもしれない・・・仕事量を見て岬はそれを悟る。
「そんなにやっていて、疲れません?他の人にやらせればいいのに・・・」
そう聞いたところで柚月が人に仕事を任せるとは思っていない。
彼は人を信じないのではなく、人の負担を少なくするために自分が率先して働いているのだ。
そして、役員もそれを知っているからあえて手伝わないのだろう。
「岬がいるから大丈夫」
柚月は優しく岬の頭を引き寄せ、頬に軽くキスをする。
「突然・・・何するんですか。人が見たら・・・」
慌てて岬は柚月から離れる。不意打ちで避ける暇がなかった。
「別に、いいじゃないか。それとも岬はいやなのかい?」
それこそ世界で一番愛しい者を見つめるかのように柚月は岬を見、そして聞いてきた。
そんな彼に岬の心臓が一気に跳ね上がる。だが、ここで流されてはいけない。流されたら柚月の思う壺だ・・・息を整え、否定する。
「嫌に決まってるでしょうが。じゃなきゃ何で俺がここにいるんですか!?」
柚月が脅しているから自分がここにいるんだ・・・そう含ませ、岬は軽く柚月の頭をはたく。柚月ファンが見たら大変だということは自覚している。
「それもそうだな。岬はこれがあるから付き合ってくれるんだよな」
そう言って彼は懐から定期入れを出し、中から例の写真を出す。何故かラミネート加工してあり、携帯用に編集されていた。
「・・・いつも持ってるんですか。俺を脅すためとは言え、趣味悪すぎ・・・」
『本当に物好きだ』・・・嫌と思うよりも、岬は心底から苦笑いしてしまった。
盗られないよう、厳重に、岬の知らないところに保管していると思っていたのであって、よもや持ち歩いているとは思わなかったのだ。
「馬鹿だなぁ。好きな人の写真はいつでも持ち歩いていたいものだよ。岬だって真雪の写真、持ち歩きたいだろう?」
「そうですか?俺は別に毎日会えるから・・・」
岬には柚月の気持ちが理解できなかった。確かに好きな人の写真を持ち歩く気持ちは分からないでもない。遠距離恋愛ならそうであってもおかしくはないだろう。
だが、ほぼ毎日会えるのに、どうして持ち歩かなければならないのだろうか。写真より実物のほうがはるかに精神的にもいいだろう・・・。
「そうか・・・。そう思える岬は羨ましいよ。いい恋の仕方をしているんだろうな。あぁ、別に嫌味言っているわけじゃないぞ。
俺は好きな奴とはいつでも一緒にいたいし、全てを喰らい尽くしてしまいたい。はは、結構どろどろしてるな」
照れ隠しなのか、最後にそう付け足した。
「それと写真は・・・?」
「俺と岬は学年が違うだろう?だから会いたいときに会えるわけじゃないじゃないか。そんなときにこの写真を見るんです」
「でも、こうして先輩が求めれば来てるでしょう?」
「でも、授業中会いたいときはどうする?教室に行かなければいけないのか?」
冗談でもなく、嫌がらせでもなく、真顔で聞かれ、返答に窮した。柚月の気持ちを知っている岬には、そのまっすぐすぎる視線が痛かった。本気であることを思い知らされる。
どう答えればいいか思いつかなかった。どんな答えを返しても、柚月の求める解にはたどり着けない気がした。だから、必死で取り繕う。
「だからってそんな写真にしなくても・・・」
「仕方ないだろう?岬の写真はこれしか持ってないんだから・・・」
寂しそうに言われ、岬は柚月と知り合ってから一枚も二人で写真を撮っていないことに気づく。
ただ、それは仕方のないことであろう。男子高校生が二人でいたところで、普通共に写ろうなどとは思いはしない。
「今度何か一枚あげるから、拗ねるなっての」
大人っぽい柚月が拗ねると、可愛い以前に、対応に困る。生徒会役員はどうやって対処しているのか、本気で聞きたくなった。
いや、彼らの前で拗ねることはないだろう。相手が岬だから拗ねているのだ。
「サンキュ」
機嫌を戻したのか、柚月がにっこりと微笑む。それ自体はよかったはずなのだが、その笑顔を見て岬はどきりとする。
(すっごい・・・)
ハンサム、男前・・・そんな言葉で表すことは出来なかった。
今まで岬も柚月の笑みを見たことがあったはずだが、そこまで心を動かされたことはなかっただろう。それほどの威力を持つものだった。
「あ、帰り、どこか寄りません?」
だから慌てて話を逸らすことにした。自分の顔の赤さを、悟られたくなかった。そんな挙動不審の岬に柚月は首を傾げつつも、賛同してくれた・・・。
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