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はっきりと出てきた言葉に、岬は耳を疑った。
確かに九条兄弟の不仲説は流れてはいたけれど、それは真雪が柚月を嫌っていると思っているのであって、逆であるとは思っていなかった。やはり建前上仲良く振舞っているということだろうか。



そしてもう一つ・・・なぜそこまで穏やかな顔をして言うことができるのだろうか?




「こう言ってはなんだけど、誰だってそういう面はあるさ。



親を奪われることに対する恐怖?



父親が他に女を作ったという憎らしさ?



当たり前だった生活の変化―異物を組み込むこと―に対する怒り?



言い出したらきりがないさ。
岬も同じ状況ならそう思うだろうな・・・と決めるのもおかしいか
お前だったらそれを受け入れるのかもしれない。
でもな、そ
んなマイナスを吹き飛ばしてしまうほど愛しくもあるんだ。だけど、ずっとそれは認めたくなかった。
憎らしいけれど、愛しい、愛しいからこそ憎らしい・・・
兄さんはそれを知っていて時々からかったけど。真雪も薄々とだろうが、そんな想いに挟まれている俺に気づいていたんだろうな。必死に懐こうと努力していたよ。
俺もそれに関しては悪くは思わなかったけど、どこかで素直になれない部分はあった。それでも、
だんだん憎しみも失せて、いずれ心の底からこの腕で抱きしめてやりたいと思ってたんだけど・・・あのことがあってから一歩退いてしまった。
俺に迷惑をかけたと思ったんだろうな。それからかもな、真雪の接し方を変えたのは」


柚月に言わせると、その分から回りしてしまったらしいが。
ただ、嫌いなのではなく、嫌いになろうとしていたような印象を受けた。
結局、どんなに努力しても嫌いにはなれなかったのだろう。
そして、そんな自分が嫌だったのかもしれない。


「まぁ、そんなワケで、真雪が一番大切だったはずなんだけど・・・困ったことに、真雪よりも大切な存在が出来てしまったよ」


「まさか・・・」


それは俺なのでは?
聞こうとしたけれども、思いあがりであるような気がしたうえ、振っておきながら聞くのは失礼なようにも感じた。


「違う・・・と言うのがいいのかもしれないけどな。でも、そうやって自分の気持ちは偽りたくないんだ。
そうだよ、俺は岬が一番大切なんだ」


哀しそうに呟いたため、岬はその質問をしたことを後悔する。柚月の心を無理やり暴いてしまったのだ。



「だから今真雪に妬いている。

無条件でお前に愛されてる真雪にね。

俺はこの写真で脅さないと側にいてもらえないのに、真雪は・・・ってこんな話、するべきではないな。

時々未練がましい自分が嫌になる」


本当に苦しそうに言われ、今でも柚月が岬のことを想っていることを思い知らされた。
自分の存在が一人の男を傷つけてしまったのだ。


「ごめんなさい・・・」

岬には謝ることしか出来なかった。それ以外の言葉は、思いつかなかった。
しかし、
そんな岬の謝罪には軽く首を振って否定する柚月。


「謝るのは、俺のほうだな。俺が岬を好きにならなければ、脅すようなことをしなければ、こうやって苦しめることにもならなかった。普通に真雪に告白したのかもしれない。
でも・・・後悔はするまい」


岬を好きになったことは決して悪いことではないから・・・それだけ言ってゆっくりと柚月は岬を抱きしめた。
最初柚月の想いを知ったときは快いものではなかったが、今は決してそれは嫌なものではなかった。

それどころか、胸が波立っている。
切ないほど柚月の想いが伝わってきて・・・大人しく抱きしめられている自分を不思議に思う。
抱き返そうかとも思ったけれど、さすがにそれは出来なかった。




「先輩・・・」



「俺は、卑怯な奴だな。岬の負い目に働きかけてこうやって大人しくさせている・・・」

柚月は岬が大人しく抱きしめられている理由をそう思っているようだが、少年は本当にそれだけなのだろうかと自問した。
確かに岬は柚月に負い目を感じている。柚月を傷つけてしまったから、できる範囲のことをしてやりたいと思う部分があることも事実である。
だが・・・それが理由では不自然である気がしている。

負い目だけで男に抱きしめられていられるのだろうか。

ただ償いのつもりで放課後にこうやって二人でいることが出来るのだろうか?





そして・・・
脅されてこんなに胸が動くのだろうか?




(まさか・・・そうなのか・・・?)



抱きしめられるだけで人の、そして自分の気持ちが解るわけではない。
好きであっても、嫌いであっても人を抱きしめることも、抱きしめられることも出来る。
それでも岬はある可能性を考えざるを得なかった。


「どうしたのか?」

「いえ、なんでも」

それでもその可能性を口に出すことは出来なかった。
今はただ流されているだけに過ぎない。
時間がたてば、自分は元に戻る・・・岬は自身にそう言い聞かせた。
それ以前に、こちらから拒絶しておいて勝手なことは言えるはずがない。だが柚月は勘違いしてしまったらしい。震えて岬を離した。


「そうか・・・やっぱり真雪が・・・」

「その・・・」

どう答えたらよいのだろうか・・・何も言えずにいた岬に柚月がふっとため息をつくと、定期入れから写真を出した。

「返すよ。好きに処分してもらって構わない。ネガも返す

「先・・・輩」

それが何を表すかが解らないほど、岬は鈍くはなかった。

「短い間だけど、楽しかったよ。本当に・・・ありがとう」

寂しそうに微笑み、岬の髪をかき回す。

「先輩・・・諦めるんですか・・・?」

ふと、岬の口からその言葉が出た。本来は望んでいたはずなのに、これが、理想的な結末であるはずなのに、何故か自分ひとり取り残されているような気がした。納得できない自分がそこにいた。

「俺は岬が好きだから、岬の嫌がることはしたくないんだ

そう言ってから、さびしそうに柚月は自分の言葉を否定する。

・・・いや、違うな。俺が傷つきたくないんだ。今ここで離れておけば、何とか俺もお前のことをかわいい後輩として見ることが出来るかもしれない

「別に嫌って訳じゃ・・・」

自分の気持ちが分からなくなった。

「じゃぁ、俺が岬に触れたいと言ったら、許してくれるのかい?」

それは・・・無理だと言おうとしたけれど、出来なかった。ただ柚月の気持ちに応えられないからではない。
このまま成り行きでなってもいいような気がした。


「わかりました。いいですよ。先輩の好きなように」

ひょっとするとこの気持ちの理由がわかるかもしれない、だが、失うものも大きすぎる・・・だからそれは岬にとって大きな賭けだった。

「そうか。それなら・・・遠慮しないからな」

不敵な笑みを浮かべる柚月に岬はうんと言った。





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