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それから岬はホテルに連れて行かれ、ベッドに寝かされる。


「そんな・・・自分で脱げます」

制服を脱がされかけて、慌てて柚月の手をつかんだ。
全て柚月に任せるとなると、自分が女の子みたいで何か恥ずかしいものがあった。


「いいだろう。脱がせてくれても・・・」

渋りながらも柚月は大人しく岬が脱ぐのを待ってくれた・・・。





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「実にいい身体だな」


年下の少年の均整の取れた肢体に、柚月は目を奪われる。
岬がいくら好きな人であるとは言え、そこまで身体については期待していなかった。
スリムで長身ではあるが、中学を出たばかりの子供に期待など出来るはずがなかった。まぁ、そこは愛でカバーしようと思っていた。
しかし、岬は違った。中学時代何かスポーツでもしていたのだろう。ほどよく筋肉がついていて、美しく、健康的なものだった。

それは一言でいうのなら、『惚れた欲目』というやつなのかもしれないが、どっぷりと浸かっている柚月が気づくわけがない。




「というか、俺だけ脱ぐのってずるい」



ほめ言葉に非難で返され、自分が脱いでないことを思い出す。別に服などどうでも良かったのだが、脱がないと岬に怒られそうだ。



(本当に・・・余裕ないな)



心の中で苦笑する。自分自身の持っているプライドもあるが、岬もなぜか柚月のことを完璧な男だと見ている節があるようで、見っともないところは見せたくなかった。
だから、表面上はかなり繕っているが、本当は柚月に余裕などあるはずがなく
・・・しかも、そんな場面に遭遇することなどほとんどないからさらに余裕を失って、心臓が激しく鼓動を打っていた。だから慌てて脱ぐと、岬が軽く笑う。


「何がおかしいんだ?」

「なんか・・・らしくない」

「らしくないとは何だ」

人を何だと思っているんだ・・・むっとすると、穏やかに笑って返す。


「先輩って何でも器用にこなすのかと思った」

その言葉を否定するつもりはなかったし、する理由が思いつかなかった
確かに柚月がここまで余裕がなかったのは
、自分の知る限りでは初めてだった。望まれることも多かったので何度か男も女も抱いてきた。そのときにここまで心臓が破裂しそうになるようなことはなかったし、ありえなかった。
もちろん性行為に限らず、
いずれの場において柚月が主導権を握ってスムーズに行うため、戸惑ったり慌てたりすることは、まずなかった。
前まではそれが普通だったが、今は岬の一挙一動に振り回されている自分がそこにいる。岬の気持ちは決して柚月の思い通りになるわけではなく、彼の言葉に喜んだり、馬鹿みたいに傷ついたりして・・・。しかし、それは決して不快なものではなかった。

今まであった付き合いとは違って
一方通行の恋ではあるが、そこまで想える人間に出会えたのは嬉しかった。


「それは・・・お前だからだよ」

苦笑しながら白状すると、岬はにやける。

「何か・・・うれしい」

そうか・・・それだけ言って柚月はじっと岬を見つめる。普通、好きでもない男とホテルになど行くはずがない。
まして岬のような整った顔立ちの男が、それをする必要がないのは言うまでもないことだろう。彼が望めば、女も、そして、男だって手に入るはず。それなのに彼がこうして身体をさらしている。


理由は、考えるまでもないことだろう。岬は真雪に恋をしている。本人が言わずとも、視線を追えばそのくらい解る。
だが、告白は考えていないのだろう。おそらく、そのはけ口に柚月を利用しようとしているのだ。
いや・・・柚月は考え直した。素直な岬がそれを考えるはずがない。辛い想いだからこそ、何かで紛らわせたいのだろう。
その対象が柚月であることを喜んでいいのかどうか、複雑な気持ちになる。


「先輩・・・しないの?」

と、沈黙した柚月に問いかけてきた。確かに岬に手を出すことは簡単だろう。だが、それをすることが果たしていいのかどうかは、柚月さえも解らなかった。

「岬に手を出すわけにはいかないよ」

「どうして?俺は別に良いって言っているのに・・・」

その言葉に嘘偽りのないことは知っている。恐らく、『今』岬に手を出したところで、彼は抵抗はしない。だが・・・

「後悔するぞ?俺が好きならまだしも、岬は真雪への気持ちを消したいと思ってるんだろう?そんな気持ちでやっても、岬が嫌な思いをするだけだと思う」

それが建前であることは、柚月が一番理解していて、心の中で嫌悪する
本当はそのようなきれいなものではない。身勝手な理由なのだ。岬にそんな態度をされたら、
やってみて、気持ち悪いと言われたら・・・柚月は二度と立ち直ることが出来ないかもしれない。
柚月は岬が思っているほど、完璧ではない。本気で岬を愛しているからこそ、極端に
、それこそ異常といってもいいくらい拒絶を恐れている。




「その、ごめんなさい・・・俺、自棄になってた・・・」



柚月の厳しい口調に岬がうなだれた。自分が何を言っているのか、理解したらしい。
もともと岬がそれを覚悟で受け入れるとは思っていなかった
し、柚月もそれを承知していたはずであるが、やはり現実を思い知ると辛いものがあり、柚月は落胆する。そんなに気づいてしまったのだろう。岬が何度も謝る。


「ごめんなさい!本当に・・・ごめんなさい・・・」

実際に連れ込んだのは柚月であるため、本当は岬が謝る筋合いはない。それでも岬は謝るのだ。柚月に出来た傷を見てしまったから・・・。

「悪いのは、俺だよ。お前が断れないのを知ってて・・・」

「俺、先輩の気持ち、利用してた。先輩が俺を好きなのを知ってて・・・それで・・・」

なおも哀しげに言おうとする岬を制した。

「言わなくて良いよ。こっちだってそれを知ってて・・・だから、おあいこだよ。ついでに、岬の気持ち、利用させてもらおうかな」

「俺ができることなら・・・」

「そうだな、一晩だけ、一緒に寝てくれるか?」

「でも、家のほうは・・・」

「大丈夫だ。その辺は兄さんがどうにかするだろう」

そう言ってやると、岬は安心したように柚月にすり寄った。

「わかった。それならいいよ」



それから岬は柚月を抱きしめて布団をかぶる。抱きしめられた柚月は、おとなしく目をつぶる。岬の腕の中は、心地がよかった。そこには自分が一度も経験したことのない、しかしながら、どこか懐かしい暖かさがあった。

(運命・・・かも知れないな)

心の中で柚月は苦笑する。まさか一人の男にここまで傾くとは思っていなかった。
かつて岬に『家を捨ててまで好きな人の元に行きそうな兄がおかしい』と言ったことがあるが、今なら薫の考えが当たり前のように感じた。もし岬が手に入るのなら、九条の地位など、必要はなかった。
もともと兄に押し付けてはいるが、欲しそうな人は腐るほどいるようだから、熨斗をつけてくれてやってもよかった。
結局薫と柚月は兄弟なのだ・・・血は争えないものである。そういえば、兄も非常に岬のことを気に入っていたようだが、彼には何かあるのだろうか・・・。


「俺・・・自分の気持ちがわからないんだ。真雪くんが好きなはずなのに・・・今こうして先輩と一緒にいる」

「それは、俺が弱みを握っていたからだろう?」

キスシーンの写真を思い出し、苦笑しながら聞くと、岬は布団の中で首を横に振った。

「最初はそうだと思った。脅されたからといって。でも・・・その・・・こんなこと言うべきじゃないと思うんだけど・・・先輩といるのは心地がいいんだ・・・だから、先輩と抱き合ってもいいと思ったのは、嘘じゃないんだ」

「そうか、それなら手を出しても問題なかったんだな」

冗談交じりに言ったら、岬は苦しそうに首を振った。

「わからない。本当にどうしたらいいか、俺にはわからない。その・・・先輩の好意、利用していいですか?」

「どう利用するのかい?」

「もう少し・・・時間がほしいんです。今度は、真面目に考えます」

「それは嬉しいことだな」

「それで・・・もし、先輩の気持ちに応えられなかったとしても、先輩を慕う後輩であることは許してほしいんです」

それではまるで結末がわかっているみたいではないか。苦笑をこらえるのが大変だった。
それでも岬が本気で考えていることがわかり、柚月はそれは口には出さなかった。
それに・・・どんな形であれ、たとえ結論が自分にとって喜ばしいものではなかったとしても、岬がそこまで大切に思ってくれているのは嬉しかった。


「あぁ、わかった。俺は岬がどんな結論を出しても、それを受け入れるよ」





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