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(失恋・・・かぁ・・・)


乾いた笑いを浮かべてその場にへたり込む岬。高校入って初めての恋は、気づいたのと同時にあっけなく散ってしまった。
わが身を守るためについたはずのうそは、いつの間にか真実と化してしまったのだ。




(先輩・・・)



ふと、柚月の顔が浮かんだ。どうしても会いたくなった。失恋した自分を慰めてほしかった。
どんなことでもいい、何か言葉をかけてほしかった。だが・・・考え直す。今会ったところで、柚月にどう言い訳すればいいのだろうか。振られたから慰めてくれと言えばいいのだろうか。
それは虫のよすぎる話ではないだろうか。


(はぁ・・・)

柚月のいる学校から少しでも離れたかった。
曇り空のように心が重い。
今すぐ雨が降りそうだけど、降ることすらも許してくれない。
泣きたくても、今の岬にはそれを許してくれる人がいないのが辛かった。


「あ、岬ちゃん、どうしたの?」

そんな岬の心を無視するかのごとく、明るい・・・だけど本能的に鳥肌の立つような声が降ってくる。

「・・・薫さん」

振りかえると、想像通り薫だった。今日はストレートで決めているらしい。
人がどれだけ傷ついているかも知らずに、この人はオカマをやっている。むかつくくらい似合っていますね・・・そう言おうとしたら、薫が素に戻った。


「どうしたの?今の岬くん、すごく傷ついた顔してる」

優しげな『保健室の先生』に安心して、岬は往来で薫に抱きついた・・・。





「そう・・・失恋したの・・・」

九条家の別邸とやらに岬は案内された。人が少ないほうがいいことと、真雪と柚月に会いたくないという岬に対する配慮があったらしい。だが、『別邸』ということを気にかける余裕はなかった。ただ二人に会わなければそれでよかった。

「やっぱりそういう目で見れないって・・・」

「真雪が・・・言ったのかい?」

紅茶を注ぎながら、薫が尋ねる。岬は真雪が好きだとは言っていなかったけれど、薫は見抜いていたらしい。
おそらく一度訪問したときに目の動きを追っていたのだろう。そんな鋭さに苦笑しかけたが、実際に行う気力はなかった。軽く頷くだけにした。


「人の気持ちは簡単に変わるものではないからね・・・君の痛さは解らなくはないけど、こればかりは僕にもどうすることはできないな。
勝手に連れ込んでおいて悪いけど、これは僕が聞くべき話じゃなかった・・・」


「そんな・・・俺は別に・・・」

差し出された紅茶をすこし口づけてから、岬は首を振る。温かい紅茶が少しだけ彼の心を解きほぐしていくような気がした。
体裁でもなんでもなく、
こうして誰かに聞いてもらえてよかったと岬は思っている。もし誰もいなかったら、今よりもずっと苦しかっただろう。


「いや、僕よりも話すのにふさわしい人がいるだろう?」

それが誰を示しているのかは、明白だった。柚月のことを言っているのだろう。だが、岬は彼を頼ることが出来なかった。
それ以前に、柚月を頼れる状況だったら、すでに彼に頼っている。こうして薫と話してはいない。


「そんな・・・無理です。これ以上あの人の側にいるのは辛いんです」

「柚月が・・・嫌いなの?」

やわらかく岬は首を振る。

「違う。でも・・・だから辛いんだ」

「柚月はどんな君でも受け入れてくれるよ」

「解ってます。だから・・・辛いんです。先輩は優しすぎるから、俺に利用されることを嫌だとは思わない。
全て見抜いた上で抱きしめてくれるんだと思います。もう、これ以上先輩の気持ちは利用したくないんだ」


しかし、それは建前だった。本当は岬は柚月を失うことを恐れている。今まで柚月は、岬の態度がどんなに悪くても、常にそばにいてくれた。
だが、これからもそうであるという確信は、口で言うほど持ってはいない。
真雪に振られてから、ますますそれが確信できなくなった。『振られたから慰めてください』と言えるはずがない。




「岬くん、もう少し、冷静になろう。失恋して辛いという気持ちは理解できるけど、本当に大切なものを見失ってはいけない」



「大切な・・・もの・・・?」



「君にとって何が大切で、そうでないか。何を選んで、何を捨てるのか。それを見失うと、取り返しがつかなくなる」



「俺の気持ち、否定したいんですか?」

出てきたのは、慰めの言葉ではなく、自分の心をつつくような不自然なものだった。
真雪を好きだという気持ちを否定されたようで、岬は腹が立。だが、薫はそう意図したわけではないらしい。軽く苦笑いして首を振る。






「君の気持ちに嘘は感じられないよ。でも、君は本当に失恋して悲しいのかい?」





はい?岬は聞き返す。薫の言おうとしていることが、全くわからなかった。

「僕は、柚月のことで悩んでいるとしか思えないんだ」

そんなこと・・・言い返そうとした岬を止め、薫は続けた。

「僕は今までいろいろな生徒の相談を受けてきた。勿論、職業上、恋の相談も結構多いよ。
まぁ・・・
君がそれに当てはまるとは限らないけど、総合して言わせてもらうね。岬くんは真雪のことを話すときは結構落ち着いてるんだけど、柚月に関しては結構冷静さを欠いているような気がするんだ」


否定しようとしたけれど、出来なかった。薫の指摘は的を射ていたからだ。
確かに、真雪のことを想っていた時は、比較的穏やかな気持ちでいられたのに対し、柚月といるときは、上がったり下がったりと、感情が乱れることが多かった。


「まさか・・・俺が・・・」

柚月のことを好きなのだろうか。いや、好きか嫌いかで分けるのなら、柚月のことは好きである。これは間違ってはいない。だが・・・。

「人によって大切なものは違うから・・・それは君にしかわからない。僕は君が真雪を想う気持ちに嘘はないと思う。
そもそも
嘘があったら、そこまで悩むことはないだろうし、君が僕に話す意味もないし、僕が無償で相談にのろうなんて思えない
こう見えて僕は無償の愛という言葉は好きじゃなくてね、今回、君が本気だったから相談に乗ろうと思っただけで。
でも・・・少し落ち着いて考えるといい。結論を急ぐことはないんじゃないかな」



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