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『結論を急ぐことはない』そう言われたところで、急がないことは出来なかった
し、落ち着いて考える余裕などもっていなかった
もたもたしてれば、何もかもが自分から遠ざかってしまう・・・そんな不安が岬の中にはあった。
今まで友人に囲まれ続けていた岬には存在しなかった種のものだった。


「何をそんなに悩んでいるのかい?」

「親父・・・なんで急に・・・」

そんな様子は結構周りに伝わるものであるらしい。本来は放任主義を貫く岬の父親ですらも、心配そうに聞いてきた。

「何回もため息をついていて心配にならないわけがないだろう、息子よ・・・」

とはいえ、父親に打ち明ける気にはなれなかった。それも当然のことであろう。

岬が抱えているのは、女の子とではなく、男についての悩みなのだから。

ずっと孫を楽しみにしてい
て、彼女を連れてこいと普段言っている父親に話せることではない。
だが・・・そんな沈黙を答えとして受け取ってしまったようだ。


「なるほど・・・恋の悩みか。それは父親に話せる内容ではないなぁ」

と、勝手に納得する。人の恋路について、興味を持っても干渉はしないと公言しているためか、続きを言おうかどうか迷っていた。
だが、岬の深刻そうな顔を見てしまったからだろうか。ため息をついてから、続ける。


「仕方ない。フェアではないから俺の高校のころの話をするか・・・。まぁ、この俺は昔からモテたのだよ。まぁ、その遺伝子を受け継いでるのが、お前なのだけどな。
当時、高度経済成長期においては、俺のような美少年は貴重品でなぁ・・・」


このまま自慢話を続けるのかと思っていた。だが、そうではなかった。ふと、父親の瞳がはるか昔を見つめていることに気づいた。
それは懐古の情ではなかった。
なぜだかは知らないが、あまり楽しそうに話しているようには見えない。おそらく、岬の苦悩を少しでも軽くしてやりたいから・・・そのために話すのだろう。
彼の言葉は、ずっと彼の中で閉じ込めておいたような、
何かに対する懺悔にも受け取れた。


「でも、そんな俺でもどうしようもないことがあるんだよ。何だか解るか?」



「人の・・・気持ち・・・?」



もどかしくて仕方ない、この気持ち・・・今はそれしか思いつかなかった。そして、父親もそれを言いたいのだろう。肯定をする。

「あぁ、そうだ。金は働けばそれなりに手に入る。まぁ、うちが余裕綽々ってわけではないけど、困るような生活はしていないだろう?
だが、
どんなに金を持っていようと、見た目がよかろうと、人の気持ちはどうにかすることが出来るわけではない。
想っていたからってその気持ちが報われるわけではない。
いや・・・深く想っていたからこそ、過ちを犯してしまう。
そんな大切なことは、そのときにはどんなに努力したところで、分かるはずがない。
そのときはそれが最良の選択だと思ってしまうものだ。他にやり方があったかもしれないとは、後になって解るものだよ。世の中、そうなってるんだな」


そんな父親に岬は黙ってビールを差し出す。何か言おうかと思ったが、口を挟める空気ではなかった。

「でも、解らないというのは、言い訳なのかもしれないな。自分が幼稚であったことを隠すため、その行為を正当化したいから・・・。
とはいえ・・・自分で知ってはいても、どうしてもあの時はそうするしかない、それが正しかったと思ってしまうものだ。

過ぎてしまったから、取り戻せないから、なおさらな。

岬よ、お前が何を悩んでいるかは聞かない。ただ、過ぎてしまった時間は・・・もう戻らないんだよ」


それは、自分に言い聞かせているかのようだった。

「・・・真面目に話しすぎたな。要は、父さんはいつでもお前の味方だという事は忘れるなってことだ。母さんも同じだ」





薫、そして・・・父親に諭され、岬は自分が柚月から逃げていたことに気づいた。
彼の本気が痛すぎて、自分を守ろうと安全な距離に身を置きたかったのかもしれない。
良くも悪くも中学のときからモテていた岬だが、まっすぐに自分を想ってくれていた人の存在は初めてだったのかもしれない。だからこそ、戸惑った。気持ち悪いと思ってしまった。
もし父親の言ったことが事実なら、自分の知らない選択肢があるのなら、真正面から逃げずに受け止めないと、取り返しのつかないことになる。
だが、それなら自分が真雪に抱いていた想いの種類は一体なんなのだろう?
彼の抱えていた気持ちは嘘なのだろうか
・・・
その答えはまだ見つからなかった・・・



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