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もう少し気づくのが早ければどうにかなったのかもしれない。

だが岬は何度も振ってしまった。今更言ったところで、柚月は岬を信じるのかどうか・・・いや、柚月は信じることを選ぶかもしれない。
だが、それは、岬が『信じてほしい』と言うからだ。




「俺がどうしたんだって?」



後ろからかかった声に、岬は凍結する。声の主は柚月だった。たまたま通りがかったのか、一息つこうとしたのかは知らなかったが、岬たちがいるのを知って来たわけではないようだ。怪訝そうな表情で二人を見ている。

「あ、どうやら俺はお邪魔だったみたいだな」

会話自体は聞いていなかったようだが・・・岬の凍りつきようで自分がいるべきではないことを察したのだろう。冷え冷えとした声を出す柚月。
今にもここから去りたいかのように背を向けると、真雪がそれを止める。


「邪魔じゃないよ。というか・・・僕のほうが邪魔みたい」

苦笑いする真雪。だが、その瞳は波立っていて、焦点が合っていないようだった。

「じゃ、僕は・・・」

帰るから・・・そう言いかけたのを、柚月が止める。

「なぜ帰る?お前は岬のことが好きなんだろう?」





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「それ・・・どういうこと・・・?」


突然の言葉に狼狽したのは、岬だけだった。真雪はただ苦しそうにし、柚月は優しげな兄の目をしていた。

「どういうことって・・・そのままだけど」

何か言おうとした柚月だったが、真雪は哀しそうに首を振る。

「兄さん、人が悪いよ。瀬古くんが誤解する」

『だが・・・』柚月は続けようとしたが、真雪の表情を見て何かを悟ったらしい。軽くため息をつく。

「要は、気持ちの質は違っても、真雪は岬のことを想っているということだ」

それを聞いたところで、素直に岬は喜べない。しっかりと振られたばかりなのだ。
今更フォローされたところで・・・どうすればいいのだろうか。




「だから、時間をかけたら、岬のこと・・・。だから、真雪のこと、お願いするよ。この子には心を開ける存在が必要だ」



「まさか・・・」



岬は耳をふさぎたい気分だった。その続きは聞きたくなかった。決して柚月の口からいってほしくなかった、心の底からの・・・。

「だから今までのことは、なかったことにしてほしい。俺が岬に近づいたのは、自分の知り合いにないタイプだったからだ。
それだけの存在があれば、別に岬でなければいけないわけではない」


柚月の拒絶だった。今まで絶対するとは思わなかった柚月が、岬を振ることになったのだ・・・。
柚月なら自分を諦めたりしない・・・そう思いあがっていた結果がこうだ。天罰なのかもしれない。

何か言おうとしたものの、『じゃ、二人で話すといい』とだけ言って、柚月は屋上を後にする。
それが岬を気遣って出たものであることは、気づいていた。岬が振る形にならないよう、わざわざ柚月の方から振ってくれたのだ。決してそれに負い目を感じさせないように・・・。
それでも岬には身を引き裂かれるほど辛いことであった。


「瀬古くん、追いかけないの?」

「え?」

「追いかけないと兄さん本気で諦めるよ?」

「でも・・・」

「答えは出てるんでしょう?行かないと後悔するよ」

早く行ってと急かされ、岬は柚月を追いかけた・・・。





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一体柚月はどこにいるのだろう?岬は校舎内を探し回った。
まだ、自身の気持ちの説明は出来ないけれど、少なくとも自分が柚月を追いかけなくてはならないことは
認めざるを得なかった。
いつも柚月は岬を追いかけてくれていた、今度は自分が追いかける番だ。
もちろん、それが何を意味しているかが分からないわけではない。柚月を探すということは・・・つまりそういうことだ。自分から逃げ道を切り捨てることに他ならない。
だが、素直にならないで大切なものを見失うよりはましだ。それから先は何とかなるだろう。岬は生徒会室のドアを開ける。


「おや?そんなに息を切らせてどうしたのかい?」

黙々と仕事をしていた柚月が顔を上げる。逆光で表情はよく分からなかったが、穏やかな顔をしているような気がした。

「先輩・・・話が」



「それは・・・今でなければならないのか?」



穏やかではあるが・・・岬はすぐに答える事が出来なかった。
いつも柚月はどんなに忙しくても話を聞いてくれていた。そのような言い方をしたのは岬の知る限り初めてのことで、柚月の顔は紛れもなく『生徒会長』のものだった。
つまり柚月は岬と話すつもりはないと言っているようなものだ。目の前には、埋めることの出来ない溝が出来てしまっていた。




(それは・・・当然か・・・)



柚月を何度も振ったのだ。そんな男と話したいはずがない。だから、これは岬の身勝手でしかない。
だが・・・柚月に拒絶されるのがここまで痛いものだとは思わなかった。柚月はずっと岬のことを特別だと思ってくれていたのに・・・。




「いや・・・それは・・・」

どうして今話さなければならないと言えるのだろう?

「そうか。それなら後にしてくれないかな。悪いが今忙しいんだ」

それだけ言ってすぐに柚月は書類に視線を戻す。再び視線が岬に向くことはなかった・・・。



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