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能勢に励まされ、岬は学校に戻る。
時間は六時少し前で、まだグラウンドには人がある。
校舎内からは下校する人が流れてくるが
それに逆らって生徒会室に向かう。今日でなければダメだ・・・漠然とそんな予感がした。


「おい、少年、ちょうどよかった」

後ろから声をかけられたが、無視しようとした。今は大事なことがある。
だが、走り去ろうとした岬を止めたのは、教師だった。さすがに無視するわけにもいかないので、イライラしながら止まる。


「どうかしました?ちょっと急いでるんですけど」

「瀬古岬だな?そうなんだな?」

自分を知っているから呼び止めたのでは?その指摘はしないでおいた。

「あぁ、俺は九条の担任だ。ずっと探してたんだよ。放送するわけにもいかないし」

「だから、何用ですか?」



「九条の奴・・・留学を考えているらしいんだ」





「何だって!?」

岬はそれしか言えなかった。柚月がそのようなことを考えていたなど、今まで知らなかった。
もしそれが事実なら、柚月はずっと遠くに行ってしまうことになる。だが、柚月の頭脳なら、大学もいいところに行くだろう。担任が慌てる理由が分からない。


「あぁ。九条の家では留学するのが慣わしとなっているみたいでな。兄の薫も行ってて、弟の柚月の奴も行くことになっていたらしいが、今年になって取りやめて国内の大学に行くってことになっていたんだよ。
それが、いきなり留学を臭わせていたからな。そんなの変だろう?あの九条が気まぐれで志望を変えるはずがない。
あいつは無駄を嫌う男だ。だとすると・・・それだけの存在が他にいるということだ。で、心当たりをさぐったんだが・・・薫ちゃんに聞いたらあっさりと答えたよ。ご丁寧に似顔絵も送ってくれた」


ほれと言って見せる。確かにそのイラストは不気味なくらい似ていた・・・。

「で、だから何ですか?」

薫のことを知っているのは不思議だったが、それは今必要なことではない。

「お前さんに止めてほしいんだよ。だって、人材流出は未然に防がないといけないだろう?」

「先生・・・言っている意味、分かってるんですか?」

柚月が留学を考えていることは分かった。しかし、それを止めるのであれば、岬のほうも覚悟を決めなければならない。そして、それだけの理由がなければならないのだ。

「俺は、生徒の私生活にまで口は出さないさ。別に誰がどういちゃつこうともな。ま、伝えることは伝えたんで、後はよろしく」

じゃな、それだけ言って教師は去っていく。残された岬は生徒会室に行く前に考え込む。想像以上に状況は複雑だった。
今まではただ柚月に会えばいいと思っていた。しかし、今度は彼の留学をとめなくてはならない。
もちろん、柚月には海外には行ってほしくない。九条の仕事を一部でも継ぐのなら日本に帰ってくるのかもしれないが、その間の数年間会うことはできない。だが、果たして自分に柚月を止める権利はあるのだろうか。自問する。柚月の気持ちに応えなかったのに、そういうときだけ行くなというのは、身勝手でしかないだろう。




(そりゃ・・・身勝手だけどさ・・・)



だけど、それとこれとは話が違うのだ。今までは柚月が遠くに行ってしまうとしても、国内だから会おうと思えば会うことが出来る。
しかし、留学となれば話は違う。柚月が向こうに行ってしまえば、そのままどこかでわずかでもつながっていた関係は霧消してしまうだろう。




(言い訳しても・・・仕方ないか)



こうなったらなるようにしかならない、岬は覚悟を決める。その時代償で身体を要求されても、受け入れてやろうではないか。本当に大切なのは・・・柚月の存在なのだから。そこまで心に入り込まれた以上、諦めるしかない。
柚月の罠にはまってしまったが・・・不思議と悔しくはなかった。
むしろ、彼が相手なら・・・そうも思う。


「先輩、いるんですか」

再び生徒会室のドアを開ける。中で柚月が書類を読んでいた。それは何の書類であるかは聞くまでもなかった。

「あぁ、岬、まだ帰ってなかったのか?」

「そういう先輩こそ・・・」

まだいるんですか・・・そう言った岬に寂しそうに微笑みかける柚月。


「悩んでいるんだよ、俺は。留学しようかどうかって・・・」





「留学・・・本当ですか・・・?」

嘘だと言ってほしかった。冗談であってほしかった。だが、柚月はそのどちらとも言わなかった。つまりそれは・・・。

「嘘ではないよ。もともと俺は高校を出てからアメリカの大学に行くことになっていた。留学は九条家の義務だ。
それを・・・俺の我が侭で許してもらった。だけど、果たしてそれで人生を棒に振っていいのかと思うんだよ」


「俺が・・・原因なんですか・・・?」

「きっかけはそうだったけど・・・それはきっかけでしかないよ。今は自分でも分からないんだ。どっちが俺にとっていいのか、そして、俺はどうするべきなのか・・・本当に今頭の中がごちゃごちゃだよ
岬・・・ここから先の話はお前に負担を掛けることになると思う。お前のことだから、聞いたらそれを背負うことになると思う。だから、軽い気持ちではきいてほしくない。その気がないのなら、今すぐここを出ることを勧める・・・いや、出て行ってほしいんだ」


「先輩・・・卑怯だ」

そう言われたら岬だって、はいそうですかと出て行くことが出来ない。いや、言われなくても出て行くつもりはないのだが。

「それは知っているはずだろう?俺が留学を選んだのは、別に向こうで勉強したいからではない。
いや、魅力がないわけではないんだが・・・
はっきり言って岬から逃げるためだよ。お前のいるところにいなければ俺もそのうちいい想い出に出来るのかもしれない。
それに、
俺がいなければ岬も、心置きなく真雪と付き合えるだろう?そして、俺が迷っている理由もそんなところだ。例えこの気持ちが叶わなくても、やっぱり岬のそばにいたいと思う。ずっと考えていたんだよ。いい手はないかって・・・」


痛いくらい真剣なまなざしだった。今までは柚月は追い詰めるようであっても、どこかに逃げ道を用意してくれていた。
だが、今度ばかりはそれがなかった。柚月は泣きそうだった。紛れもなく・・・彼の本気だったのだ。




「いい手・・・ですか・・・?」



あぁ・・・。しばらくためらった後柚月は立ち上がり、生徒会室の鍵をかける。文字通り岬に逃げ道はなくなった。



「どうしようもなければ・・・壊してしまえばいい・・・。手に入らないのなら、この世界から消してしまえばいい。
真雪と心置きなく付き合う?そんなの我慢できるわけがないさ。
他の奴になんか渡したくない
何で弟だからって真雪に渡さないといけない?
何で俺が諦めないといけないんだ?
ずっと見ていたのに、俺のほうが先に好きになったのに・・・他の奴に渡すくらいなら・・・
だから岬、お前を抱かせてもらうよ・・・」



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