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じわりじわりと後に退く岬。だが、逃げ道はすぐになくなった。
鬼気迫る表情で見つめられ、あっという間に壁際に追い詰められ、柚月に腕をつかまれる。
動きが止まったところ、柚月は岬のワイシャツのボタンをはずす。
ただそれだけの行為なのだが、全部脱がされていないのが逆に卑猥だ・・・何となく岬はそう思う。




「あの時お前はいいと言ったよな?」



確認をし、やんわりと肌にふれる柚月。その動きは信じられないくらいに繊細で。
柚月が触れる場所から、甘く、痺れるような毒が注ぎ込まれていきそうな気にすらなる。
確かに以前、岬はいいと言った。それは嘘ではなかった。
今ここにいるのも、柚月とこういう関係になることを覚悟していたはずだ。

だが今は、違和感が存在する。このまま身体を任せてはいけない・・・柚月の愛撫を受け入れようとしつつも、自分の中の勘が赤信号を告げる。
そんな心の動きが、一瞬の震えが柚月にも伝わったのかもしれない
哀しそうにため息をつく。




「そうか・・・拒むのか・・・。なら・・・仕方ないな・・・」



岬に触れていた手が、首に移る。その震える手から伝わってくるのは、悲しみ?憎悪?柚月の優しさだけではない、本当の部分を垣間見た気がする。

「選ぶといい。俺に抱かれるのか、この首が折れるのか・・・」

「先輩、卑怯だ・・」

そう呟きつつも、岬はどこか他人事のように柚月を見つめていた。首に圧迫感はあるのだが、危機感はない。
何かがおかしい。何かがちぐはぐなのだ。自分の中に浮かび上がった疑問のせいで、首の痛みは感じなかった。


「岬を手に入れるのに・・・手段なんか・・・選んでられないよ」

少しだけ、柚月の指の力が強くなる。それだけ彼が追い詰められている・・・そのくらいは岬にもわかっている。
この柚月の気持ちを受け入れることが出来るのは、自分だけだ。他が存在してはならないのだ。


「どうする?好きだからって俺が岬の嫌がることをしないとでも思ってるのか?残念だが・・・俺はお前が思っているほど・・・立派な人間じゃ・・・ないんだ・・・」

自嘲する。選択肢は一つしかない。だが、今身を任せれば・・・絶対後悔する。柚月の瞳を見ると、今すぐにでも泣きそうではあるが、少しだけ、ほんの少しだけ優しそうなまなざしをしている。
それが解って、そして、自分の中にあった違和感の正体がわかって、岬の中でくすぶっていた迷いがなくなった。




「嫌です。ダメです。何馬鹿言ってるんだって感じ」

どんなに脅したところで、柚月は柚月・・・なんだかんだ言って、本質が変わるわけではない、今更だが岬はそれに気づく。
岬の『覚悟』がかすんでしまうほど
彼は覚悟を決めているのだ。柚月が岬の首を折るつもりなんか、毛頭ない。
わざと道をなくし、
手ひどく抱いて、岬に嫌われようとしている。いや・・・それ以前に隙を作って逃げさせるかもしれない。それが彼の出した答えなのだろう。
確かに、柚月はそれでいいのかもしれない。『岬のため』と満足するだろう。だが、残された岬はどうなるのだろう。独り取り残されなければならないのだろうか?そう考えると・・・なんかムカついた。


「先輩ねぇ、そんな気軽な気持ちで俺に手を出そうなんか思わないでほしいんだけど」

意図せぬ岬の怒りに、柚月も驚いたようだ。首が手から離れる。


「別に気軽に男に手を出すほど俺もめでたい性格ではないんだが・・・」

もごもごとしゃべる柚月に、びしっと一言。

「やり逃げする気でしょう?」

その言葉に柚月は一気に固まった。それを機に岬の口の回転の速度が増す。

「そりゃ、先輩は勝手に人の心をかき回して、勝手に去るからいいでしょう。でも・・・残されたほうは先輩のことを想いながらって・・・。
寂しいからきっと浮気するよ?悔しいからひたすら遊んでやる・・・あー、俺、何言ってるんでしょうね」


自分の大胆な発言に、岬は頭をかく。これでは柚月の思う壺だ。

「つまり、何が言いたいんだ?」

「別に今俺を抱くのは・・・その、構わないと思うんです。ただ、これだけは約束してください」

今まで柚月の好意を利用し続けたのだ。今更付け加えたところで、問題はないだろう。

「物にもよるが・・・とりあえず聞いておくか」

「俺が好きだというのなら・・・責任持って面倒見てください。やるだけやってサヨウナラというのは許さないから
大体・・・いつも、俺の中に勝手に踏み込んでいて、いつの間にか逃げているからおかしくなるんだ


関係を断ち切るためにセックスなんかしたくない。その気持ちを込めて言い切るが、途端、ぽかんとする柚月。頭の回転が止まったらしい。しばらく首をかしげていたが、すぐに回転は戻ったようだ。苦笑いしている。

「ははは・・・卑怯だな」

「うつしたのは誰ですか?」

「他でもない、俺だ」

楽しそうに柚月は岬を抱きしめる。だが・・・その腕が小刻みに震えているのが素肌から伝わってくる。
柚月は相当強がっているのだ。岬の拒絶を恐れて、再び突き放されることを恐れて・・・。
『本気で好きなんだ』と、改めてそれを感じる岬。両腕で包み込むようにして抱きしめてやる。岬の言葉が嘘ではないことを示してやる。実際のところ、責任を取るのは岬のほうかもしれない。

一人の男をここまで苦しめてしまったのだから・・・。



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