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柚月は岬にしがみついていた。その強い力には、決して離さない・・・そんな気持ちがこもっているようだった。
「何度もチャンスをやったんだ。逃げるなよ?」
何度も念を押すようにして聞く。それだけ柚月の中にある不安が強いのだろう。
つい先ほどまで柚月が遠くに行ってしまうという不安を感じていた岬も、その気持ちは理解できる。だが・・・根本的に何かが違う。
「逃げてるのはどっちですか。先輩こそ・・・留学・・・そう!留学!一体どうするんですか!
ったく、人の心をかき乱しといて・・・」
そういえばそうだな・・・他人事のように答える。それに同じく他人事みたくツッコミをいれたところ、ちょうど柚月の携帯がなった。
柚月は出るつもりがなかったみたいだが、切れない電話に機嫌を悪くした岬が突きつけて、仕方なく出る。
「あぁ、もしもし・・・はい、そうですか・・・解りました・・・それは余計なお世話です。でも、礼はしておきますよ・・・じゃ」
「誰ですか?」
「兄さんだよ。面倒だから留学の件を任せておいたんだけど・・・空きがなかったらしい。
ということは、留学の野望も潰えたな。せっかく最後だからと岬を抱いて抱いて、忘れられなくしようと思ったのに・・・」
「先輩、諦めるんじゃなかったんですか?」
先ほどとはまったく違い、ハイテンションな柚月に苦笑しながら尋ねたが、一転柚月は少し寂しそうな顔をしてしまった。
「あぁ、何度も諦めようとしたさ。だから止めたはずの留学も選んだ。
逃げたらお前のこと、過去にできるかと思っていた。でも・・・結局無理だった。
兄さんに留学のことを相談しても、ずっと迷っていた。本当は、さっきまでずっと考えていたんだ。
結局のところ、自分でも知らないくらいお前が好きだってことだ」
完璧な人生計画が狂ったよ・・・そうぼやいているが、終わりよければ全てよし、それはそれで楽しんでいるようにも感じた。
「それ以前に、何故岬は俺を止めるのかい?」
突然の柚月の反撃。聞かれることは覚悟していたけれど、実際に言うのは恥ずかしいものがある。
だが、そうやって逃げるわけにはいかないのだろう。自分に触れているその手を離したくはなかった。
「なんて言うか・・・真雪くんには振られたから、俺、フリーなんですよね」
「だからなんだと言うのかい?」
「つまり・・・」
とまで言ってから、考え直した。ここから先は真剣に答えなくてはならない。いつものようになし崩しでは、柚月に失礼だ。
「本当に先輩には悪いと思うけど・・・今、俺、ぐちゃぐちゃなんです。
失恋したのは辛いけど、そんなときに先輩の顔が浮かんじゃって、会いたいなと思って。でも、そんなの身勝手だからとバカみたいに悩んで・・・」
何としてもこの気持ちを伝えたい・・・ありのままの想いを告げ、なおも言い募ろうとする岬を、柚月は優しく止めた。
「それだけでいいよ。岬の気持ちは、よく解った。
なら・・・俺と付き合ってくれるかい?
今すぐ無理やり結論を出す必要なんかない。
今の自分の気持ちが分からないというのなら・・・時間をかけて気持ちを確かめるのも悪くはないじゃないか。
それで、俺のことを好きになれれば万々歳。お前が俺のことをそういう風に思えないのなら、それはそれで逃がすつもりはないから気にしなくていい」
「喜んで」
即答だった。選択肢は一つしかないような気もするが、別に、迷う必要もなかった。
柚月の悲しそうな顔は見たくなかったから。
今の、心から笑っている柚月が好きだったから。
それだけ柚月は岬にとって必要な存在だったから・・・だからこそ、岬は自分からキスをしようと思った。
それだけ想っていることを伝えたかった。彼は唇を近づけ、そして柚月も目をつぶってそれを受け入れようとした・・・のだが。
「柚月、今すぐ帰ってきなさい!」
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