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ものすごい剣幕でドアを叩いた
のは・・・先ほどまで柚月と電話で話していたはずの薫だった
幸いその瞬間を見られてはいなかったが、事実だけでなく、心の方も一線を越えてしまったという余りにも貴重な時間を邪魔された怒りは双方とも同じだった。




「何でさんがそこにいるですか・・・」



静かに岬は怒っていた。柚月も驚く怨念が渦巻いているが、薫は意に介していなかった・・・というより、それだけの余裕がなかったらしい。

「僕だって君らのラブシーンを、こんないいところで邪魔するほど趣味は悪くない。
まぁ、確かに顛末が気になって忍び込んだのは謝るけど。
でも、いつもだったら見るものを見たら黙って立ち去るよ。何も見なかったような顔をして、後から二人をからかうためのネタとして取っておくよ・・・その方が面白いだろう?」


用事があったのではなく、本当に覗き見しに来ていたのか。薫らしいと言えば薫らしい。
邪魔しなくてもいいだろう・・・そう思ったが、冗談を言っている割には目が笑っていないことに気づく。
そして、会うときは最初に必ず入るオネエ言葉が全く含まれていない、素の薫だった。それほど重要な用件があるのだろうか。


だけど、今回ばかりは緊急事態だ。父さん、母さん、お祖母様が揃ってるみたいなんだよ・・・柚月、留学の件といえばわかるよね」



何だって!薫から顛末を聞いた柚月は狼狽した。
柚月に留学のことを話したときには、すでに学校にいた。何故部外者が入れたのかは解らないが、薫に常識を当てはめても仕方がない。柚月の身内とでも言っておけば済むことだ。大事なのはそこではない。
柚月を探している間に薫の携帯に親から連絡があったらしい。
九条本家の面子は皆重役についているので、柚月が学校にいる時間に揃うはずがない
しかも、平日に
帰るのは大抵会社の近くに借り切っている家であることが多。だから、普段は薫が家を取り仕切っているのだ。それがいきなり全員揃うということは・・・嫌な予感がした。


「岬くん、悪い。柚月を借りてく」

それについては柚月も同感だった。せっかく脅しなんかではなく、岬の意思があって付き合うことになったのだ。
そんな大切な日ということもあり、
離れたくない気持ちは大きかったが、今は岬を守りたい気持ちでいっぱいだった。
今連れて
けば、岬を九条の問題に巻き込んでしまうことになる。名家とは、岬が知るほど甘く優しいものではない。『家』自体が力を持つため、どろどろしたところが多彩だ。それで辛い思いはさせたくなかった。


「えぇ。行きましょう、兄さん」

慌てて帰ろうとするのを、岬が止めた。

「岬、悪い。この埋め合わせは明日ちゃんとする」

「じゃなくて、先輩、ひょっとして俺を守ろうと思ってる?」

的中し、鋭いな・・・柚月は苦笑した。今まで片想いだと思っていたけれど、ずっと彼も柚月のことを見ていてくれたのだ。
そんな岬を一層好きになったが、今はそんなことに浸っている場合ではない。




「とにかく、これは九条の家の問題だ」



お前には関係ない・・・とは、さすがに言えなかった。それを言ってしまって自分を受け入れてくれた岬に対して失礼だし・・・一発くらい殴られても文句は言えないだろう。ここで強く言えない自身を恨む柚月。

「俺、先輩が自分の知らないところで何か考えるの、嫌なんだけど。なんていうの?置き去りにされているみたいで・・・」

だが・・・なおも渋る柚月に、薫が言う。

「仕方ない。ここで言い合っても時間の無駄だ。岬くん、君も覚悟をしておくといい。遠足気分で来られても、困る。九条の家の問題に首を突っ込むんだ。それが何を意味するか、考えておくといい。それができないのなら・・・」





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即覚悟はできていると言ったが、覚悟など、柚月の想いを受け入れた時点で、すでにしているのだ。岬には恐れるものなど何もない。
ただ
一つあるとすれば、自分のことを思いやって柚月が身を引くことに他ならない。『九条の家の問題』と言われたが、柚月は柚月なのだ。
だが・・・やはり緊張しないわけではない。各業界で多大な影響を及ぼすといわれる両親+祖母さま
だから・・・というより、柚月や薫でさえも恐れる方々に会うのだ。並大抵の人物ではないだろう、岬は気を引き締める。


「只今帰りました」

薫が重いドアを開けると、すでに三人が中で待っていた。柚月の祖母と思しき威厳のある女性が上座に位置し、両脇を柚月の両親が固めている・・・それで九条家の力関係がわかったが、雰囲気としては男性が母親を気遣ってその位置にあるようにも感じ、時と場合によって力関係が変わるのかもしれない・・・岬はそう判断する

「あぁ、遅かったな。隣の少年の存在が気にならないでもないが・・・追い出す理由もあるまい。
単刀直入に聞こう。何故、留学をしないのか?留学は九条家の義務であることは、知らないはずはないだろう?」


まず口を開いたのは、男性だった。柚月は父親似なのだろう。漠然と思った。話し方も『生徒会長』の柚月にそっくりだ。

それは前にも言いました。必要がないからしなかっただけです」

海外のそうそうたる顔ぶれの大学を必要ないとばっさり切り捨てる辺り、柚月も大物である。岬だったら口が避けてもそんなことはいえない。

「それは答えになっていないな。俺が聞きたいのは、今留学を取りやめた理由だ。
止めたと思ったら人から書類を取り寄せておいて・・・朝薫に途中経過を聞いたら、するつもりはないとのことだったから、慌てて帰ってきたんだ。数日でころころ自分の気持ちが変わる・・・気にしないほうがおかしいだろう?」


一見冷静ではあるが、厳しい口調で、怒りを抑えているのがよくわかる。空きがなかったのでは?そう思ったが、どうやら薫が何か仕掛けていたらしい。柚月の気持ちを大体想像していたのだろうか。
今日タイミングよく学校に忍び込んだのも・・・そこから先は怖かったので考えるのは止めておいた。




まぁ、父さんにはわからないかもしれませんが、留学より大切なことがある・・・と言えばいいんですかね」



「ほぉ。お前が優柔不断になってしまうほどのものがあるのか?」



しばらく柚月は俯き、悩んでいた。自分の立場が悪くなることではないのだろう。言って岬の立場が悪くなるのを恐れているのかもしれない。
別に気にしなくてもいいのに・・・そう思ったのだが、その心配は必要なかったらしい。岬をここに呼んだ時点で・・・顔を上げた柚月にもう迷いの色はなかった。






「俺は岬が大切だ・・・と言えば解りますか?」



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