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自分の気持ちを家族に吐露した
柚月は岬の肩を抱き、愛しそうに自分の元に引き寄せるそう言うだろうと想像していた当の岬が凍りついたのだ。初めて知った三人が凍りついたのは、言うまでもなかった。


「つまり俺は、ホモです。親不孝ものです。跡継ぎを作れない俺など、九条の家にいるのにふさわしいとは思えません。
つまり、自由に勘当してください。この家は兄さんが継げばいいだけの話です」


ちょっと待て!さすがにそれにはツッコミを入れざるを得なかった。確かにそこまで思ってくれるのは嬉しい。
言葉の一つ一つから、柚月の覚悟や岬に対する想いが伝わってくるのだ。
それに感謝しているのは岬の嘘偽りのない気持ちである。
だが・・・それをされて嬉しくないこともまた本当なのである。



「何でそこまでする必要があるんですか!」


岬のためだけに人生を棒に振らないで欲しい。もう少し他の方法を考えて欲しい。
それ以前に・・・
何もかも捨てることは、逃げることでしかないのに・・・だが、それを九条母鏡花は、違う方に受け取ったようだ。からかうように聞いてくる。


「岬くんと言ったかしらね?柚月が勘当されたほうがあなたにとっては都合がいいはずなのに・・・つまりあなたは九条家の財産が目的なのね。
なら話は早いわ。100万用意させる。だからあなたは柚月と別れて頂戴」


100万だと・・・?岬のこめかみが動く。九条家が二人の交際に反対することは、想定内のことだった。
これだけ大きな家で、なおかつ優秀な柚月だ。いくら親不孝だと思っても、そう簡単に手放そうなどとは思いはしない。
だから、穏やかに
事を進めようと思っていたのだ。時間をかけて理解してもらおうと思っていた。
だが、今ので岬の何かが切れた。相手が九条だろうと、岬には関係ないのだ。


「100万!?あんた、俺と先輩の関係がそんな安いものだと思ってるの?ふざけるんじゃないよ!俺だって悩んだんだからな。
ただ単に九条の金がほしければ、とっとと愛人くらいにはなってるよ!」


「いや、そんな輩を愛人にするほど俺も趣味は悪くはないんだが・・・」

困ったように呟く柚月。すると、沈黙を守っていた柚月の祖母、キヌが口を開いた。

「愛人か・・・それなら悪くはないねぇ。どうせ結婚したとしても政略結婚だ。愛人の一人や二人いてもおかしくないだろう?それだってステータスだ。
100万では満足できないのなら・・・
1億で雇うとしようか」


1億・・・それがあればどれだけ・・・と思ったが、慌てて頭の中から妄想を取り払った。金で飼われるわけにはいかない。
金で買われたら、それ以上の関係になることは出来ない。それはキヌの・・・。


「悩んだわね。今、悩んだわね」

と、本当に・・・意地悪そうに鏡花に突っ込まれ、岬は詰まった。だが、幸いにも柚月が助け舟を出してくれた。

「そりゃ、悩みますよ。一億ですから。家を基準にして考えないでください。
岬は普通の高校生です。奇跡的に付き合ってくれるようになりましたけど、もともと男が好きというわけではないんです。
今だって自分の気持ちに整理がつかないようですし
、そこを俺がつけこんだわけで。ここは大目に見てやってください


そんな弁護に鏡花もキヌも毒気を抜かれたようだ。

「まさか・・・本気で好きなのかい?」

「当然です。そうでないのならこんなところに連れてきませんよ」

呆気にとられていた鏡花が苦笑いをする。

「ふふ・・・自分で産んだくせに面白みのない子だとは思っていたけれど・・・とんだどんでん返しを見せてくれたわね。私の子がホモ・・・実に笑えてくるわ」

すると会話を見守っていた薫が、口を開く。



「子供については心配ありません。僕が・・・どうにかしますよ」



微妙に口調が弱かったが・・・。

「でも、薫さんはそれでいいの!?」

薫は自由な生活に憧れているのだろう。だからあんな女装をしてまでも・・・それを、わざわざ縛られるような生活するのは、苦痛であるとしか思えなかった。

「岬くん、気遣いありがとう。でも、僕にとっての幸せは弟達が幸せになることだ。幸い、女が好きになれないわけではない。
だから、君たちは自分が幸せになることを考えればいい。父さん、母さん、そしてお祖母様、彼らの交際を認めてやってください・・・」


何のためらいもなく、薫は頭を下げるので、岬の胸は感激でいっぱいになる。だが鏡花は薫の方は向かず、岬のほうを向いて聞く。



「岬くん、全てを捨てて柚月と人生を共にする覚悟、ある?」



『はい』と即答することは、岬には出来なかった。確かに、九条の家に行くまでならそう断言できただろう。
だが、本当に全てを捨てることは出来るのだろうか?
柚月の家族を見て、ますます疑問は大きくなる。答えが見つからないので、岬は思いのままを語る。


「解らないです。そりゃ、俺には先輩がいればそれでいいのかもしれない。でも、俺が先輩の気持ちを受け入れることが出来たのは、たくさんの人が励ましてくれたからだと思うんです。
能勢先輩もそうだし、父さんも・・・まぁ、俺が男を好きだと知らないからなんだろうけど、『俺の味方』だと言ってくれた。そして、薫さんと真雪くんも俺に勇気をくれた・・・そう思うと、俺は俺だけで生きてるわけじゃないって。
だから、やっぱりできることなら三人にも認めてほしいです」


認められないから二人で生きていくのではなく、努力してでもみんなに認めてもらいたかった・・・。

「安心するといい。私は有能な人間を切り捨てるほど、ボケてはいないよ」

それは、キヌが認めてくれたことに他ならなかった。

「参ったわね・・・。どうやら血のつながりがどうであろうと九条家は岬くんには逆らえない遺伝子を持っているようね。
そこまで本気なら、私に反対する理由はない・・・というか、家にほしいわね。使い道はいろいろありそうだもの」


苦笑しながら鏡花は続けた。

「愛し合っていれば他には何もいらない・・・安いドラマではよくそういうけれど、実際は二人きりで生きていくことが出来るはずはないわ。人は色々な繋がりを持っている。それを抱えなければいけない・・・例え本人が望まなくてもね」

心当たりがあるのか、鏡花は柚月の父親暁をそっと見た。



「俺は・・・認めないからな・・・」



なんだかんだ言って認めた二人とは対照的に、苦々しく吐き捨て、部屋を後にする暁。薫は忌々しげに暁を見たが、鏡花の方は寂しそうだった。

「岬くん・・・あの人を恨まないで頂戴。暁はあなた達のことが・・・一番分かると思う・・・だからこそ反対しているのよ」

一番分かるというのは、それは彼が男であるからなのだろうか?そう思ったが、鏡花の曇った表情で、それだけではないということを知る。



「俺、ちょっとおじさんのとこ、行ってきます」



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