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二階の一番奥にいると言われ、岬はそこに向かった。
どうしても自分の気持ちをわかってもらわなければいけない。
暁に認めてもらわなければいけない。逸る気持ちを抑えながら向かう岬だが、途中そこには真雪がいる。
気まずそうに立っている彼に、『何故そこにいるんだろう?』不思議そうに声をかける岬。
「真雪くん・・・どうしたの・・・?」
そこに一人でいるということは、先ほどの会話を盗み聞きしていたのだろう。だが、その理由がわからなかった。
「悪いけど、話、聞いちゃった。父さんも母さんもいたから不思議に思って。しかも、兄さんたちが帰ってくるから・・・」
柚月の慌てようである程度の想像はついていたが、九条の両親が揃うのは、それほど珍しいことであるらしい。
いつも親がいる岬にとって意外なことだが、それはそれで寂しいことではないか・・・そうも思う。
「まぁ・・・それなら仕方ないよな。でも、情けないとこ見られちゃったな。俺、おじさんの反対に何を言うことも出来なかった・・・」
このままでは真雪がどんどん暗くなる・・・軽く笑って気まずい空気を吹き飛ばそうとした岬だが、真雪の表情は変わらなかった。
「その・・・父さんを悪く思わないで。瀬古くんは信じられないと思うけど・・・父さんは確かに厳しいけれど、本当は優しい人なんだ。
だから僕だってまさか反対するとは思っていなかった。認めてくれると思った。だって、薫兄さんには何も言っていなかったし、それに・・・本当の母さんをなくして独りっきりになってしまった僕に家族をくれたんだから・・・。
だから僕は父さんを信じたいんだ。きっと何か理由があるって」
岬にとっては厳しく見える柚月の父親も、真雪にとっては優しい父親なのかもしれない。
必死に父親を弁護する真雪がそれを伝えてくる。だが、男同士の恋愛となると話は違ってくる。すんなりと自分たちを認めてくれるとは思えない。
先ほどの反対も鏡花が言っていたことが事実であるのなら、何か暁にとって譲れないものがあるからなのだろう。それを覆すには、それだけの想いがなければいけないのだ。
「でも、俺も先輩も男だ。そんなにうまくいくかな・・・」
だからこそこの言葉が岬の本音だった。絶対に二人の付き合いを認めてもらう!そう決意した一方で、相手はあの柚月よりも上手な父親。実際に反対されると、許してくれるかな・・・と不安に思うことも事実だった。
「諦めないで!瀬古くんはあの兄さんが本気で好きになった人なんだ。それに・・・僕にとっても・・・。
父さんが気に入らないはずがない。だから、ありったけの気持ちを込めれば父さんだって許してくれると・・・思う」
でも、真雪が応援してくれる・・・そう思うと、心強くも感じる。あの『男嫌い』の真雪が自分の背中を押してくれるのだ。これほど強い味方はない。
「真雪くん、応援してくれるんだ・・・」
「大好きな兄さんと大切な友達には、幸せになって欲しいから・・・ね」
答えるときに少しだけ・・・ほんの少しだけ、真雪の瞳が曇る。それが何を意味しているかは、聞くことは出来なかったし、聞いてはいけないような気がした。
ただ、岬のためにこの場で待っていてくれた真雪の気持ちに応えるためにも、勇気を持って前に進まなければいけない・・・それだけはわかった。
「真雪くん、ありがと・・・」
もしここに真雪がいなかったら弱気になって、その場から逃げ出していただろう。ぎゅっと抱きしめ、耳元でささやいてから、少年は未来へと進んでいく・・・。
「それは・・・反則でしょう・・・」
真っ赤になった真雪の呟きを聞くことは無かったが。
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何の変哲もないドアのはずが、非常に大きな障害に感じる。大きく深呼吸をしてからノックをすると、入っていいと言われたのでそうさせてもらう。
暁が中で紅茶を飲んでいた。こちらは緊張しているのに紅茶なんか飲んでいる場合ではないんじゃないか・・・と思ったが、気を落ち着かせるために飲んでいる可能性に気づく。
「あぁ・・・岬くんといったか」
振り向いた暁は、眉間にしわを寄せていた。
「はい。いきなり押しかけてすみません」
親にとって、自分の息子がホモだと知ったのは、相当衝撃だったのだろう。だから、まずはその非礼をわびた。
もう少し交流を深めておけばよかったのだ。もう一回謝ろうと頭を下げるが、暁は首を振ってそれを止めさせた。
「いや、悪いのは俺か。本来、親なら何があっても子供の味方になってやらないといけないはずなんだがな」
切なそうに岬を見る暁。だがそれは、岬を通り越して別の人物を見ているような感じがした。恐らくそれは勘違いではあるまい。彼が反対する理由と結びついている・・・そう思った。ひょっとすると真雪の母と関係があるのだろうか。
「俺の昔話・・・聞いてくれるか?」
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